満州事変と日中戦争とは?集団安全保障が壊れていく過程

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満州事変を世界史で問うとき、焦点は日本の行動そのものより「国際連盟が侵略を止められなかった」という点にあります。ここで示された「制裁は効かない」という前例が、エチオピア侵攻・ラインラント進駐・ミュンヘン会談へと連鎖し、第二次世界大戦を準備しました。集団安全保障が壊れる最初の一手として読んでください。
背景 — 恐慌と「持たざる国」
一言でいうと1931年、日本の軍が南満州鉄道の線路爆破を機に軍事行動を起こし、満州全域を占領した事件。翌年「満州国」が建てられ、リットン調査団の報告を受けた国際連盟の勧告に反発して、日本は連盟を脱退した。
- 世界恐慌により輸出が激減し、日本経済は深刻な打撃を受けた。
- 英仏はブロック経済で植民地を囲い込み、市場が閉ざされた。
- 植民地の乏しい「持たざる国」は、外に活路を求める議論を強めた。
- 中国では国民政府による統一が進み、権益の回収を求める動きが強まっていた。
- 1931年、柳条湖で南満州鉄道の線路が爆破され、これを機に軍事行動が始まった。
- 1932年、「満州国」が建てられ、清朝最後の皇帝溥儀が執政(のち皇帝)とされた。
「持てる国と持たざる国」恐慌への対応が4つに分かれたことを思い出してください。英仏はブロック経済(内向き)、独伊日は対外進出(外向き)。「植民地の有無が、恐慌への対応を分けた」——この構図で書くと、1930年代の対立が経済から説明できます。
「ワシントン体制の崩壊」第一次世界大戦後のアジア・太平洋の秩序はワシントン体制——九カ国条約による中国の主権尊重と海軍軍縮——でした。満州事変はこの体制を実質的に破るものです。ヴェルサイユ体制とワシントン体制の両方が1930年代に崩れていくという枠組みで押さえてください。
国際連盟は何ができなかったのか
- 中国が国際連盟に提訴し、リットン調査団が派遣された。
- 報告書は日本の行動を自衛とは認めず、同時に満州における日本の権益にも一定の配慮を示した。
- 連盟総会は満州国を承認しないとする勧告を採択した。
- 日本はこれに反発し、1933年に国際連盟を脱退した。
- しかし連盟は経済制裁すら実質的に行わなかった。
- 侵略は止められず、脱退にも罰則はなかった。
| 連盟が機能しなかった理由 | 内容 |
|---|---|
| 制裁手段の限界 | 軍事的措置がなく、経済制裁のみ |
| 大国の不在 | アメリカが不参加、ソ連は加入前 |
| 各国の事情 | 恐慌で自国の経済が精一杯。他国のために制裁する余力がない |
| 脱退の自由 | 不都合なら抜ければよいという構造 |
「前例が連鎖する」満州事変で制裁が機能しなかったことが、次の侵略を誘発しました。イタリアのエチオピア侵攻(経済制裁は不徹底)→ ドイツのラインラント進駐(黙認)→ オーストリア併合 → ミュンヘン会談での宥和。「一度止められなかった侵略が、止められないという前例になる」——この連鎖こそが第二次世界大戦の直接の道筋です。日本世界史塾では、これを「宥和の連鎖」として1本の線で教えます。
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日中戦争 — 長期化と国際化
- 1936年の西安事件を機に、中国では抗日を優先する気運が高まった。
- 1937年、盧溝橋での衝突を機に日中戦争が始まった。
- 第2次国共合作が成立し、国民党と共産党が共同で抗戦した。
- 国民政府は重慶へ拠点を移して抵抗を続けた。
- 戦争は短期で終わらず長期化した。
- アメリカ・イギリスが中国を支援し、対立は国際化した。
- 日本は資源を求めて東南アジアへ進出し、アメリカとの対立が決定的となった。
- 太平洋戦争が始まり、第二次世界大戦の一部となった。
「アジアの戦争が世界大戦につながる」ヨーロッパの戦争とアジアの戦争が、どこで一つになったか——日本の東南アジア進出とアメリカの対日制裁を通じてです。「第二次世界大戦は、1939年のヨーロッパだけでなく、1937年からのアジアの戦争を含めて捉える」という見方があることも押さえてください。開戦年を問う設問の背景にある論点です。
「三国同盟」の意味日独伊三国同盟により、アジアとヨーロッパの枢軸が結びつきました。もともとは共産主義への対抗(防共協定)から始まった点も重要です。「反共から始まった結びつきが、対英米の同盟に転化した」という経緯で押さえてください。
比較 — 1930年代の侵略と国際社会の対応
| 年 | 出来事 | 国際社会の対応 |
|---|---|---|
| 1931 | 満州事変 | 勧告のみ。日本は連盟脱退 |
| 1935 | イタリアのエチオピア侵攻 | 経済制裁は不徹底(石油が対象外) |
| 1936 | ラインラント進駐 | 黙認 |
| 1936〜39 | スペイン内戦 | 英仏は不干渉、独伊はフランコを支援 |
| 1938 | オーストリア併合・ズデーテン要求 | ミュンヘン会談で宥和 |
| 1939 | ポーランド侵攻 | ついに開戦 |
- 一度も実効的な制裁が行われなかったことが分かる。
- 各国が恐慌への対応で手一杯だったこと、戦争への忌避感が強かったことが背景にある。
- とくにミュンヘン会談での宥和は、共産主義への警戒からドイツを利用しようとした面もあった。
- 結果としてソ連の英仏への不信を招き、独ソ不可侵条約につながった。
「宥和政策の評価」「弱腰だった」で終わらせないでください。①第一次世界大戦の惨禍から戦争を避けたかった ②ヴェルサイユ条約が過酷すぎたという反省があった ③共産主義への防壁としてドイツを見る視点があった——宥和には理由があったのです。そのうえで「結果的に侵略を助長した」と評価する。動機と結果を分けて論じるのが、高評価の答案の書き方です。
入試で狙われるポイント総覧
- 背景=世界恐慌とブロック経済による市場の閉鎖、「持たざる国」の立場
- 1931年柳条湖での爆破を機に軍事行動、翌年「満州国」(溥儀)
- リットン調査団の報告→連盟の勧告→1933年に日本が連盟脱退
- 連盟が機能しなかった理由=軍事的措置がない・大国の不在・各国の余力不足・脱退の自由
- ワシントン体制(九カ国条約)の実質的な崩壊
- 1937年盧溝橋を機に日中戦争、第2次国共合作、国民政府は重慶へ
- 宥和の連鎖=エチオピア侵攻→ラインラント進駐→ミュンヘン会談
- 日独伊三国同盟は防共協定から発展
共通テストでの出方「国際連盟は満州事変に対し経済制裁を実施した」は誤り(実質的に行われなかった)。「リットン調査団は満州国を承認した」も誤り。「日本は連盟を除名された」も誤り(自ら脱退)。連盟の対応の限界が最頻出です。
この記事の一問一答(確認テスト)
- Q1. 満州事変の翌年に建てられた国と、その執政となった人物は。
- A. 「満州国」、溥儀
- Q2. 国際連盟が派遣した調査団の名は。
- A. リットン調査団
- Q3. 日本が国際連盟を脱退した年は。
- A. 1933年
- Q4. 国際連盟が侵略を止められなかった理由を2つ答えよ。
- A. 軍事的措置の手段がなく経済制裁のみだったこと、アメリカが不参加で大国が欠けていたこと
- Q5. 日中戦争のきっかけとなった1937年の衝突の場所は。
- A. 盧溝橋
- Q6. 1930年代に侵略が連鎖した過程を3つの出来事で答えよ。
- A. エチオピア侵攻、ラインラント進駐、ミュンヘン会談での宥和
よくある質問
- 満州事変は世界史で何が重要なのですか?
- 国際連盟が侵略を止められないことを実証した点です。この前例がエチオピア侵攻・ラインラント進駐・ミュンヘン会談へと連鎖し、第二次世界大戦を準備しました。
- なぜ国際連盟は制裁できなかったのですか?
- 軍事的措置の手段がなく経済制裁のみだったこと、アメリカが不参加だったこと、各国が恐慌で自国の経済に手一杯だったこと、脱退が自由だったことが理由です。この反省から国際連合が設計されます。
- 宥和政策は単に弱腰だったのですか?
- 理由はありました。第一次世界大戦の惨禍から戦争を避けたかったこと、ヴェルサイユ条約が過酷すぎたという反省、共産主義への防壁としてドイツを見る視点です。動機と結果を分けて論じてください。
- 日中戦争はどう世界大戦につながったのですか?
- 戦争が長期化し、日本が資源を求めて東南アジアへ進出したことでアメリカとの対立が決定的になったためです。ヨーロッパの戦争とアジアの戦争がここで一つになりました。
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この記事について
世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。
藤
藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。
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