国際連合とは?国際連盟の失敗をどう修正したか

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国際連合は、「国際連盟がなぜ機能しなかったか」の反省から設計された組織です。だから入試では、連盟との違いを設計思想のレベルで説明できるかが問われます。しかもその修正が、今度は別の機能不全(拒否権による停滞)を生んだ——この皮肉まで書けると答案は完成します。
国際連盟は、なぜ機能しなかったのか
まず失敗の原因を4つ確認します。国連の設計は、この4つへの回答としてできています。
- 大国が参加していなかった。提唱国のアメリカは上院の反対で不参加、ソ連は当初排除、ドイツと日本とイタリアは脱退した。
- 全会一致が原則で、1国の反対で何も決まらなかった。
- 軍事的な制裁手段がなかった。制裁は経済制裁のみで、侵略を止められなかった。
- 侵略への対応が遅く弱かった。満洲事変・エチオピア侵攻のいずれにも実効性を欠いた。
アメリカ不参加の理由ウィルソン大統領が提唱したのに、アメリカは参加していません。上院が「モンロー主義(孤立主義)」の立場からヴェルサイユ条約の批准を拒否したためです。ここは高確率で問われます。
「連盟は無意味だった」ではない常設国際司法裁判所・国際労働機関(ILO)など、国際協力の枠組みそのものは連盟が作りました。国連はこれらを引き継いでいます。「失敗したが、遺産は残した」という書き方が正確です。
国連の設計 — 4つの修正
| 国際連盟 | 国際連合 | |
|---|---|---|
| 成立 | 1920年(ヴェルサイユ条約) | 1945年(サンフランシスコ会議) |
| 本部 | ジュネーヴ | ニューヨーク |
| 大国の参加 | 米が不参加・ソ連は当初排除・日独伊が脱退 | 米ソを含む五大国が中心 |
| 表決 | 全会一致 | 多数決(安保理は五大国の同意が必要) |
| 制裁 | 経済制裁のみ | 軍事的措置が可能 |
| 中心機関 | 総会・理事会 | 安全保障理事会に強い権限 |
- 大国を必ず参加させる——五大国に常任理事国という特権的地位を与え、抜けられない仕組みにした。
- 全会一致をやめる——多数決を採用し、決定できるようにした。
- 軍事的措置を可能にする——安保理の決定で武力行使を含む措置がとれるようにした。
- 権限を安保理に集中する——迅速に決定できるようにした。
拒否権という代償五大国(米・英・仏・ソ〔ロシア〕・中)には拒否権が与えられました。これは「大国を参加させるための代償」です。「大国が抜けない仕組みを作った結果、大国が対立すると何も決まらなくなった」——この皮肉が、国連を論じる際の最重要ポイントです。
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冷戦下の国連 — 機能不全と、その回避策
- 米ソ対立により、安保理は拒否権の応酬でしばしば麻痺した。
- 朝鮮戦争では、ソ連が安保理を欠席していたため例外的に国連軍が派遣された(欠席は拒否権の行使とみなされない)。
- 安保理が機能しない場合に総会が勧告できるようにする決議が採択され、総会の役割が相対的に高まった。
- 武力行使ではなく停戦監視を行う平和維持活動(PKO)という、憲章に明文のない手法が発達した。
- 1960年前後からアジア・アフリカ諸国の独立が相次ぎ、加盟国が急増。総会で第三世界の発言力が増した。
「アフリカの年」1960年に17の独立国が誕生し、「アフリカの年」と呼ばれます。国連の性格は、戦勝国のクラブから、旧植民地を含む普遍的な組織へ変わりました。総会での多数派が入れ替わったのです。
PKOが生まれた理由安保理が拒否権で動かない——その現実への実務的な回答がPKOです。「強制ではなく同意にもとづく」「中立を保つ」「自衛以外は武力を使わない」という原則で、憲章の想定を超えて発達しました。制度は、うまくいかない部分を迂回する形で進化する好例です。
主要機関と、関連機構
| 機関 | 特徴 |
|---|---|
| 総会 | 全加盟国が1国1票。決定は勧告にとどまる |
| 安全保障理事会 | 常任理事国5+非常任理事国。決定は加盟国を拘束する |
| 経済社会理事会 | 経済・社会・人権などを扱う |
| 国際司法裁判所 | オランダのハーグに置かれる |
| 事務局 | 事務総長が率いる |
経済面では、戦間期の教訓も制度化されました。世界恐慌のとき各国がブロック経済で市場を囲い込み、それが対立を激化させた——この反省から生まれたのが次の枠組みです。
- ブレトン=ウッズ体制——金・ドル本位制と固定相場制で通貨を安定させる
- IMF(国際通貨基金)——為替の安定を支える
- 国際復興開発銀行(世界銀行)——復興と開発への融資
- GATT(関税と貿易に関する一般協定)——関税を引き下げ自由貿易を維持する。のちのWTOへ
「政治と経済の両輪」戦後国際秩序=安全保障は国連、経済はブレトン=ウッズ体制という2本立てで押さえてください。どちらも「戦間期の失敗の裏返し」として設計されていることが、論述での決め手になります。
入試で狙われるポイント総覧
- 連盟の失敗=大国不参加・全会一致・経済制裁のみ・対応の遅さ
- アメリカは上院の反対で連盟に不参加(提唱はウィルソン)
- 国連は1945年成立、本部はニューヨーク(連盟はジュネーヴ)
- 多数決を採用し、軍事的措置を可能にした
- 五大国に拒否権——大国参加の代償であり、冷戦下で機能不全の原因に
- 朝鮮戦争ではソ連の欠席により国連軍が派遣された
- PKOは憲章に明文がなく、実務の中で発達した
- 1960年=アフリカの年、加盟国増加で総会の性格が変化
- 経済面はブレトン=ウッズ体制・IMF・世界銀行・GATT
共通テストでの出方「国際連盟の本部はニューヨーク」は誤り(ジュネーヴ)。「アメリカは国際連盟の常任理事国だった」も誤り(不参加)。「国際連盟は軍事制裁を行った」も誤り(経済制裁のみ)。連盟と国連の取り違えが最頻出です。日本世界史塾では、上の比較表を暗記カード化して配布しています。
この記事の一問一答(確認テスト)
- Q1. 国際連盟にアメリカが参加しなかった理由は。
- A. 上院がヴェルサイユ条約の批准を拒否したため
- Q2. 国際連盟と国際連合の表決方法の違いを答えよ。
- A. 連盟は全会一致、国連は多数決
- Q3. 国際連盟と国際連合の制裁手段の違いを答えよ。
- A. 連盟は経済制裁のみ、国連は軍事的措置も可能
- Q4. 安全保障理事会の常任理事国に与えられた特権は。
- A. 拒否権
- Q5. 1960年に17のアフリカ諸国が独立したことを何と呼ぶか。
- A. アフリカの年
- Q6. 戦後の国際経済秩序を支えた3つの枠組みを答えよ。
- A. IMF・国際復興開発銀行(世界銀行)・GATT
よくある質問
- 国際連盟と国際連合の最大の違いは何ですか?
- 大国の参加を確保したことと、軍事的措置を可能にしたことです。連盟は大国が不参加・脱退し、全会一致で決められず、制裁も経済制裁のみでした。国連はその4つの欠陥をそれぞれ修正しています。
- 拒否権はなぜ与えられたのですか?
- 大国を必ず参加させるための代償です。連盟の失敗が大国不参加だったので、五大国に特権を与えて引き止めました。しかし冷戦下ではこれが機能不全の原因となります。
- 朝鮮戦争でなぜ国連軍が出せたのですか?
- ソ連が中国代表権の問題で安保理を欠席していたためです。欠席は拒否権の行使とみなされず、決議が成立しました。例外的な事例です。
- PKOは国連憲章に書いてあるのですか?
- 明文の規定はありません。安保理が拒否権で動かない現実への実務的な工夫として発達しました。同意・中立・自衛以外は武力を用いないという原則で運用されます。
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この記事について
世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。
藤
藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。
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