テーマ史
上からの近代化を比較する|成功と失敗を分けたもの
同じように西洋の技術を買い、同じように軍を作り直したのに、ある国は工業国になり、ある国は解体しました。差は熱意でも人材でもありません。改革が社会の土台——身分の区分と土地の持ち方——にまで届いたかどうかです。そして土台は、改革を始めた支配層
後継者争いの世界史|継承の仕組みが国家の運命を決めた
後継者争いは王家の内輪もめではありません。誰がどう継ぐかを決める仕組みが用意されていたか——この一点だけで、君主の死が静かな交代で済むか、内戦と外国の介入を呼び込むかが分かれました。アレクサンドロス大王の死から18世紀の継承戦争まで、この視
都を移すということ|遷都から国家の方針を読む
都を移すのは途方もない事業です。宮殿も官庁も軍も、それを支える食糧の輸送路まで作り直さなければなりません。それでも君主たちが遷都に踏み切ったのは、都の位置が国家の方針そのものだったからです。どの方角の危険を最も重く見ているか、どこの富に頼る
技術はどう伝わったか|生まれた場所と、変えた場所は違う
世界史に出てくる技術は、発明された社会でおとなしく使われ、遠く離れた社会で体制を揺さぶるという奇妙な動き方をします。紙も火薬も羅針盤も印刷も中国で生まれ、ヨーロッパで政治と宗教を作り替えました。技術の意味は、受け取った側の事情が決める——こ
交易ネットワークの世界史|誰が中継し、誰が利益を得たか
交易史は「何が運ばれたか」より「誰が仲立ちしたか」で見ると一本になります。物を作らない土地が、産地と消費地のあいだに立つだけで豊かになる——ただしその富は経路を独占できているあいだだけのものでした。中継地を押さえた者が入れ替わり続けた300
古代オリエントの国際秩序|大国が並び立った時代
古代オリエントは最初から大帝国に覆われていたように見えますが、実際にはどの国も他を屈服させきれない多極の時代が長く続きました。大国どうしは使節と書簡と婚姻で関係をつなぎ、決着のつかない戦争は取り決めで閉じます。そしてこの並立が終わるとき、統
近代の帝国主義を整理する|資本を投じる場所を求めた時代
「帝国主義」は、どの時代の広域支配にも当てはまりそうな言葉に見えます。しかし教科書がこの語を当てるのは19世紀後半以降だけです。理由は単純で、この時期に列強が国外へ求めたものが入れ替わったからです。商品を買ってくれる相手ではなく、資本を投じ
現代における帝国主義の変質|直接支配から影響力へ
「帝国主義は第二次世界大戦後に終わった」と習います。しかし終わったのは領土を直接に統治するという形式だけでした。支配は消えたのではなく、費用の重い形式から順に捨てられていった——併合から委任統治へ、委任統治から勢力圏へ、勢力圏から経済的な影
近世の対外進出を整理する|重商主義の下での拡大
「近世の帝国主義」という言い方に、まず違和感を持ってください。帝国主義は19世紀後半に生まれた言葉であり、16〜18世紀の海外進出とは動機も方法も別物です。近世の拡大を動かしていたのは貴金属を蓄えようとする重商主義でした。富の測り方が違えば
中世の広域支配を整理する|帝国を名乗るとはどういうことか
帝国主義は19世紀後半に生まれた言葉です。工業と資本を前提とするこの語を、そのまま中世へ持ち帰ることはできません。それでも広い地域をひとつの権威のもとに置いた勢力は、中世にも確かにありました。問うべきは「彼らは何を根拠に、支配してよいと名乗
古代の帝国を整理する|「帝国主義」ではなく「帝国」の話
答案に「古代の帝国主義」と書いてはいけません。帝国主義は、工業化を遂げた列強が19世紀後半以降に世界を分割した動きを指す近代の歴史用語だからです。古代にあったのは帝国であって、帝国主義ではありません。言葉を置き直すと見えてくる軸はひとつ——
現代の社会を整理する|動員された人々が権利を要求した
現代の社会は、戦争が残した請求書で組み立てられています。国家が「国民のすべてが必要だ」と動員した以上、戦後には「では取り分を示せ」と請求される——参政権の拡大も福祉国家も、この一本の線でつながります。そして1970年代、成長が止まると支払い
近代の社会を整理する|工業が新しい階級を作った
近代の社会は「貧しい労働者が現れた時代」と覚えがちですが、本質は生産の場が家と農地から工場へ移り、人の上下を決める物差しが入れ替わったことです。生まれではなく、生産の道具を持っているかどうかが位置を決める——この一点をつかむと、囲い込みも都
近世の社会を整理する|西と東で正反対に動いた
近世を絶対王政の時代とだけ覚えると、社会の中身が抜け落ちます。銀の流入と人口の回復という同じ刺激が、西ヨーロッパでは農民を土地から解き放ち、エルベ川以東では逆に農民を土地へ縛りつけた——刺激が同じでも、社会の条件が違えば結果は反対になる。こ
中世の社会を整理する|土地に縛られる人と、逃れる人
中世の社会は「身分が固定されていた」と覚えがちですが、正確には「その場所から動けるかどうか」で人生が決まった社会です。領主は農民を土地に縛ることで富を得て、その縛りから抜ける数少ない出口が都市でした。縛る力と、逃れる力——この綱引きとして、
古代の社会を整理する|身分はどう作られ、どう緩んだか
古代の社会は、身分の名前を並べて覚えても点になりません。通すべき軸は一つ——身分は生まれつきの自然ではなく、祭祀・法・名簿・通婚の規制によって作られ、維持された制度であるということです。作られたものである以上、支える条件が崩れれば緩みます。
現代の外交を整理する|集団安全保障という試み
外交史は条約名の暗記だと思われがちですが、本質は平和を保つ「方式」が入れ替わってきたことです。勢力均衡で保っていた秩序が第一次世界大戦で破れ、集団安全保障という新しい方式が試され、それも1930年代に空文化しました。失敗のたびに設計をやり直
近代の外交を整理する|会議で秩序を作る時代
近代の外交を条約名と戦争名の暗記だと思っていませんか。本質は「列強が一堂に会し、複数の問題を一括で処理する」という方式が定着したことです。ウィーン会議からベルリン会議まで、会議は確かに秩序を作りました。しかし会議での調停が、次の対立の種をま
近世の外交を整理する|勢力均衡という発明
近世の外交は条約の暗記に見えます。しかし通っているのは一本の軸で、どこか一国が強くなりすぎたら、残りが手を結んで押し戻す——勢力均衡という発想です。上位の権威を失い、力の近い国が並んだヨーロッパで、この発想は常駐使節と多国間の会議という制度
中世の外交を整理する|教皇・皇帝・カリフという3つの権威
中世の外交を「国どうしの交渉」として覚えようとすると、必ず行き詰まります。この時代には主権国家がなく、外交も国家間のものではなかったからです。教皇はキリスト教世界を、皇帝はローマの後継を、国王は自分の王国を代表すると主張しました。誰が誰を代



















