近世の社会を整理する|西と東で正反対に動いた

地図と条約文書を囲んで協議する17世紀ヨーロッパの宮廷の色鉛筆イラスト
近世ヨーロッパの王政と外交(AI制作・色鉛筆画)。歴史的背景をもとにしたイメージで、特定の人物・現場の再現ではありません。
日本世界史塾編集部世界史専門オンライン個別指導担任制マンツーマン/全国・海外対応

近世を絶対王政の時代とだけ覚えると、社会の中身が抜け落ちます。銀の流入と人口の回復という同じ刺激が、西ヨーロッパでは農民を土地から解き放ち、エルベ川以東では逆に農民を土地へ縛りつけた——刺激が同じでも、社会の条件が違えば結果は反対になる。この一点で近世の社会を通します。

近世の社会は「労働力をどう確保したか」で分かれる

一言でいうと15〜18世紀の社会を、誰が、どのように働かされ、その果実を誰が取ったかという一点で見る整理。銀の流入と西ヨーロッパの需要の増大という共通の刺激に対し、地域ごとに正反対の答えが現れた時代である。
地域 労働の担い手 束縛の向き
西ヨーロッパ 賦役から離れた農民・借地人 緩む
エルベ川以東 賦役を課された農民 強まる
新大陸 先住民と黒人奴隷 強制労働として制度化
清 小作を含む農民 上層は世襲ではなく資格で決まる
ムガル帝国 在地の農民 徴税を担う有力者が間に立つ
  1. 大航海時代以降、アメリカ大陸の銀が流れ込み、ヨーロッパの物価が長期にわたって上がった。
  2. 黒死病で落ち込んだ人口が回復し、都市が育ち、食糧と毛織物の需要が増えた。
  3. 需要は、それを満たす地域の労働のあり方を作り変えた。
  4. 西ヨーロッパでは領主の直営地経営がすでに縮み、農民は貨幣地代を払う借地人に近づいていた。
  5. そこへ需要が来たので、変化は農民の自立と地主による土地の集約という形で現れた。
  6. 反対に、都市が少なく、農民に逃げ場がなかった地域では、領主が直営地を広げ賦役を強めるほうが得だった。
  7. こうして同一の需要が、一方では束縛を解き、一方では束縛を作った。
「刺激」と「条件」を分けて書く比較論述で崩れる答案は、刺激(銀と需要)と条件(都市の有無・領主の力・農民が持っていた権利)を混ぜて書いています。「刺激は共通、条件が違う、だから結果が逆になった」という三段で書くと、東大・一橋型の比較問題がそのまま処理できます。日本世界史塾では、近世の社会をこの三段の練習台として扱っています。
近世の海外進出を「帝国主義」と呼ばない帝国主義は19世紀後半の概念です。工業製品の市場と資本の輸出を求め、列強が地球上の残された地域を争って分割した、あの局面を指す語として使われます。近世のスペインの新大陸支配や東インド会社の活動は、金銀の獲得と貿易差額を重んじる重商主義にもとづくもので、同じ語で呼ぶのは正確ではありません。同様に、ローマの拡大を「古代の帝国主義」、十字軍を「中世の帝国主義」と呼ぶのも、近代の言葉を過去にさかのぼって当てはめた表現です。答案では「重商主義にもとづく植民地支配」と書き分けてください。近代の概念をどこから使ってよいかという線引きそのものが、論述で問われます。

西ヨーロッパ — 領主が痩せ、農民が土地を持った

  1. 黒死病による労働力不足で、西ヨーロッパの領主は農民の条件を良くせざるをえなくなっていた。
  2. 賦役が貨幣地代に置き換わり、農民は身分としての束縛から離れていった。
  3. そこへ16世紀の物価上昇が来て、額の決まった地代の実質的な価値が下がった。
  4. 収入が増えない領主は暮らしを維持できず、土地を手放すか、自ら経営に乗り出すかを迫られた。
  5. イギリスでは、土地を保有して自ら耕す独立自営農民(ヨーマン)が育った。
  6. 同じころ毛織物工業が伸び、羊毛の価格が上がった。
  7. そこで領主やジェントリは耕地を牧羊地に変えた。これが第1次囲い込みである。
  8. 土地を離れた農民が都市へ流れ、浮浪者の増加が社会問題となり、政府は囲い込みを禁じる法令を出したが、効果は限られたとされる。
第1次囲い込み 第2次囲い込み
時期 15〜16世紀 18〜19世紀
目的 牧羊(羊毛の増産) 穀物の増産
やり方 領主・地主が主導、非合法な例も多い 議会の立法により合法的に
農法 従来の三圃制が残る 輪作による新しい農法が広がる
結果 土地を失った農民と浮浪者 産業革命の労働力を供給
「羊が人を追い出した」を因果で書くトマス=モアは『ユートピア』で囲い込みを批判しました。要点は道徳ではなく採算です。「羊毛を売るほうが穀物を売るより儲かる。だから人の住む村より羊の草地が選ばれた」——価格が土地の使い道を決め、土地の使い道が人の居場所を決めたと書ければ、単なる用語暗記との差がはっきり出ます。
ヨーマンを「勝者」とだけ書かない独立自営農民が全員豊かになったわけではありません。地代の引き上げや借地条件の変化によって没落し、農業労働者になった者も少なくなかったとされます。「囲い込みで農民が一律に没落した」も「農民が一律に自立した」も、どちらも書きすぎです。分解が起きて上下に分かれたと書くのが正確です。

比較として押さえたいのが明清期の江南です。ここでも農民は市場に組み込まれ、綿花や桑を作り、家で織物や生糸を生産するようになりました。ただし西ヨーロッパのように土地から切り離されるのではなく、小さな家族経営のまま商品生産に深く入っていった点が違います。市場化は同じでも、労働の組み替え方が違ったのです。

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エルベ川以東と新大陸 — 需要は周辺の労働を縛った

  1. 西ヨーロッパの都市人口が増え、穀物が足りなくなった。
  2. エルベ川以東の領主は、その輸出に応じるため直営地を広げた。
  3. 広げた直営地を耕す労働力として、農民に賦役を課し、移動を禁じた。
  4. この仕組みを農場領主制(グーツヘルシャフト)といい、農民の束縛が強まっていく過程を再版農奴制と呼ぶ。
  5. ポーランドの穀物は河川を下り、バルト海を経てオランダの商人によって西へ運ばれた。
  6. プロイセンでは、この領主層がユンカーと呼ばれ、のちに軍と官僚の中核を占めた。
  7. ロシアでは17世紀半ばの法典で農民の移動の自由が否定され、農奴制が法として固まったとされる。
  8. 同じ論理が新大陸でも働いた。西ヨーロッパ向けの銀と砂糖を作るために、労働力が強制的に集められたのである。
制度 内容 結果
エンコミエンダ制 先住民の保護と布教を委ねる代わりに労働を使わせた 酷使と疫病で先住民人口が激減
ミタ制 鉱山への労働力の徴発 ポトシ銀山などの採掘を支えた
アシエンダ制 大農園による経営 借金によって労働者を土地に縛る
プランテーション 砂糖などの単一作物の大農園 黒人奴隷の輸入が拡大
  • ミタ制は、先住民社会にあった労役の仕組みを、スペインが銀山の労働に転用したものとされる。
  • エンコミエンダ制はラス=カサスに強く批判され、16世紀半ばに国王が制限を加えたが、大土地所有そのものは残った。
  • 労働力の不足を補うために大西洋をこえた奴隷の輸入が拡大し、身分の区別が人種と結びついた。
「中心と周辺」を留保つきで使う西ヨーロッパが商工業に、東欧が穀物に、新大陸が銀と砂糖に特化するという分業が近世に形をとった——この整理は論述で強力ですが、学説的な枠組みでもあります。答案では「〜という見方がある」と留保を付けたうえで、「周辺で労働が強化されたのは、中心の市場が求めたからである」と因果を明示してください。日本世界史塾では、東欧と新大陸を「同じ需要が生んだ二つの答え」として並べて教えています。
「再版」は「復活」ではない中世の農奴制がそのまま戻ってきたわけではありません。中世の賦役は領主の家計を支えるためのものでしたが、近世東欧の賦役は輸出商品を作るための、市場向けの仕組みです。市場経済の拡大が、かえって人身の束縛を強めた——ここが答案での勝負どころで、「経済が発展すれば自由になる」という思い込みを崩す論点になります。

身分で編まれた社会 — フランスの三身分と清の郷紳

  1. フランスの旧制度では、第一身分=聖職者、第二身分=貴族が特権身分とされ、免税などの特権を持った。
  2. 人口の大部分を占める第三身分が、税の負担を背負った。
  3. 貴族には、家柄による帯剣貴族と、官職の売買によって地位を得た法服貴族があった。
  4. 三部会は長く開かれず、1789年に招集されると身分ごとに1票か、議員ごとに1票かが争点になった。
  5. 一方、清では科挙の合格者や学位を持つ者が郷紳として地方社会の実力者となった。
  6. 中央から派遣される官僚の数が少なかったため、徴税・治安・水利や教育などの実務を郷紳が支えたとされる。
  7. 郷紳の地位は世襲ではないが、受験には長い年月と費用が要り、実際には富裕な家に有利だった。
  8. つまりヨーロッパは生まれで、中国は資格で上層を作った。ただしどちらも、門を開けたのは財産だった。
フランスの特権身分 清の郷紳
地位の根拠 血統(世襲の身分) 科挙の合格・学位という資格
おもな特権 免税など 租税や労役の面での優遇とされる
受け継がれ方 子に受け継がれる 受け継がれないが、教育費が壁になる
地方での役割 領主としての権限 官の手が届かない実務を補う
行き着いた先 革命による特権の廃止 王朝末期まで存続

第三の比較としてムガル帝国を置くと、より立体的になります。ここでは在地の有力者であるザミンダールが徴税に関わり、のちにイギリスが彼らを地主として扱って納税させる方式をとりました。「在地の有力者を取り込んで統治する」という点では清と共通し、身分として固定された特権を持つヨーロッパとは性格が違います。

革命の火種は「資格」ではなく「生まれ」にあったシェイエスの議論は、「第三身分こそ国民のすべてでありながら、政治的には無に等しい」と要約されます。ここで効くのが清との対比です。不満の的が「試験に受かった者が偉い」ではなく「生まれた家で決まる」だったから、攻撃の矛先が身分制度そのものに向かった——「フランス革命は不平等一般ではなく、生まれによる特権を的にした」と書けると、革命の性格を正確につかんだ答案になります。
郷紳とジェントリを同じ説明で片づけないイギリスのジェントリは貴族の下に位置する地主層で、治安判事や議会を通じて地方を担いました。社会的な位置は似ていると説明されることがありますが、ジェントリの基盤は土地の所有、郷紳の基盤は科挙の資格です。資格の根拠が違えば、上層の入れ替わり方も違います。答案では必ず書き分けてください。

入試で狙われるポイント総覧

  • 16世紀の物価上昇=額の決まった地代に頼る領主の実質収入が目減りし、封建領主が没落
  • 西ヨーロッパ=賦役から貨幣地代へ、イギリスでは独立自営農民(ヨーマン)が成長
  • 第1次囲い込み=15〜16世紀・牧羊のため・非合法な例も多い/第2次=18〜19世紀・穀物増産・議会の立法
  • トマス=モア『ユートピア』が囲い込みを批判
  • エルベ川以東=農場領主制(グーツヘルシャフト)、賦役の強化=再版農奴制
  • プロイセンの地主貴族=ユンカー/ロシアの農奴解放令は1861年
  • 新大陸=エンコミエンダ制・ミタ制・アシエンダ制・プランテーション、批判者はラス=カサス
  • フランス=第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)が特権身分、第三身分が税を負担
  • 清=郷紳が地方社会を支える。世襲ではなく科挙の資格にもとづく
共通テストでの出方「第1次囲い込みは議会の立法によって進められた」は誤り(それは第2次で、第1次は非合法な例も多い)。「エルベ川以東でも農民の束縛が緩んだ」も誤り(賦役が強化された)。「清の郷紳は世襲の身分である」も誤り(科挙の資格にもとづく)。さらに「近世の植民地支配を帝国主義と呼ぶ」選択肢にも注意してください。用語が指す時代の範囲を問う設問は、近年よく見られます。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. イギリスで成長した、自ら土地を保有して耕す農民層を何というか。
A. 独立自営農民(ヨーマン)
Q2. 第1次囲い込みの主な目的と、それを批判した著作を答えよ。
A. 牧羊地への転換(羊毛の増産)。トマス=モア『ユートピア』
Q3. エルベ川以東で広がった、賦役労働による輸出向けの大農場経営を何というか。
A. 農場領主制(グーツヘルシャフト)
Q4. スペインが新大陸で先住民の労働を植民者に使わせた制度と、それを批判した聖職者は。
A. エンコミエンダ制、ラス=カサス
Q5. フランスの旧制度における三身分をそれぞれ答えよ。
A. 第一身分は聖職者、第二身分は貴族、第三身分は平民
Q6. 清の郷紳の地位は何にもとづくか。
A. 科挙の合格や学位という資格で、世襲ではない

よくある質問

西と東でなぜ正反対になったのですか?
刺激は同じでも、社会の条件が違ったからです。西ヨーロッパでは領主の直営地経営が縮み、都市という逃げ場があったため需要の増加が農民の自立につながりました。エルベ川以東では逃げ場がなく、領主が直営地を広げて賦役を強めるほうが得だったのです。
囲い込みは1回だけですか?
2回あります。第1次は15〜16世紀に牧羊のため領主や地主が主導し、非合法な例も多く見られました。第2次は18〜19世紀に穀物増産のため議会の立法で行われ、離農した人々が産業革命の労働力になりました。時期・目的・方法をセットで覚えてください。
近世の海外進出を帝国主義と呼んではいけないのですか?
答案では避けてください。帝国主義は19世紀後半の現象を指す概念で、近世の海外進出は金銀の獲得と貿易差額を重んじる重商主義にもとづきます。近代の言葉をさかのぼって使わない姿勢そのものが評価されます。
フランスの三身分と清の郷紳は、どう比べればよいですか?
「地位の根拠が生まれか資格か」で比べます。フランスの特権身分は血統で受け継がれ、清の郷紳は科挙の資格にもとづき世襲されません。ただし受験には費用がかかり、実際には富裕層に有利だったとされる点まで書ければ十分です。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤
藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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