世界恐慌とは?原因・各国の対応・第二次世界大戦への道

世界恐慌(1929年〜)は、単なる経済危機ではありません。各国が採った対応の違いが、そのまま第二次世界大戦の陣営の分かれ目になりました。入試ではこの「対応の類型化」が繰り返し問われます。持てる国と持たざる国、という対比で整理しましょう。
世界恐慌とは(発生と波及)
- 第一次世界大戦後、アメリカは債務国から債権国へ転じ、世界経済の中心となっていた。
- 1920年代のアメリカは空前の繁栄を謳歌したが、過剰生産と投機の過熱が進んでいた。農業部門はすでに不況だった。
- 1929年、株価が暴落。銀行が倒産し、企業が連鎖倒産、失業者が街にあふれた。
- アメリカが海外への融資を引き揚げたため、恐慌は世界中に波及した。
- とくにアメリカ資本に依存していたドイツが壊滅的な打撃を受け、失業者が激増した。
各国の対応 — 3つの類型
ここが入試の中心です。「持てる国(広い市場を持つ)」と「持たざる国(持たない)」で対応が分かれました。
| 類型 | 国 | 対応 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 修正資本主義 | アメリカ | ニューデール(フランクリン=ローズヴェルト) | 政府が経済に積極介入して需要を作る |
| ブロック経済 | イギリス・フランス | スターリング=ブロック/フラン=ブロック | 本国と植民地で排他的な経済圏を作り、他国製品に高関税 |
| ファシズム(対外侵略) | ドイツ・イタリア・日本 | 軍需産業と対外侵略で活路を求める | 植民地が乏しい「持たざる国」が選んだ道 |
| 計画経済 | ソ連 | 五カ年計画を継続 | 資本主義市場から切り離されており恐慌の影響をほぼ受けなかった |
ニューディール政策の中身
- 農業調整法(AAA) — 作付けを制限して農産物価格を引き上げる
- 全国産業復興法(NIRA) — 生産調整と労働者の団結権を認める
- テネシー川流域開発公社(TVA) — 公共事業で雇用を創出
- ワグナー法 — 労働者の団結権・団体交渉権を保障
- 善隣外交 — ラテンアメリカ諸国との関係改善で市場を確保
共通するのは「政府が積極的に需要を作り出す」という発想で、ケインズの理論に通じます。自由放任(レッセ=フェール)からの転換という点が世界史的な意味です。
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ドイツ — なぜナチスが政権を取ったのか
- ヴェルサイユ条約の巨額の賠償で、ドイツはもともと経済が不安定だった(1923年のルール占領とハイパーインフレ)。
- ドーズ案によるアメリカ資本の流入で一時的に安定していた。
- しかし世界恐慌でアメリカ資本が引き揚げられ、失業者が600万人規模に達した。
- 議会政治が有効な対策を打てず、国民の不満が高まった。
- ナチ党(ヒトラー)が、ヴェルサイユ体制の打破・失業対策・反ユダヤ主義を掲げて支持を拡大。共産主義を恐れる資本家や中間層も支持に回った。
- 1933年、ヒトラーが首相となり、全権委任法で立法権を掌握して一党独裁を確立した。
ヒトラーは公共事業(アウトバーン建設)と再軍備で失業を解消し、支持を固めます。そして国際連盟脱退・再軍備宣言・ラインラント進駐・オーストリア併合と、ヴェルサイユ体制を段階的に破っていきました。
英仏はこれを黙認します(宥和政策)。ミュンヘン会談(1938年)でズデーテン地方の割譲を認めたことが決定的な失敗でした。共産主義ソ連への警戒からドイツを利用しようとしたことが背景にあります。
第二次世界大戦への道
- 満州事変(1931年)— 日本が中国東北部を占領し、国際連盟を脱退。
- エチオピア侵攻(1935年)— イタリアが侵略。国際連盟の経済制裁は効果を上げられなかった。
- スペイン内戦(1936〜39年)— 独伊がフランコを支援、ソ連と国際義勇軍が人民戦線を支援。枢軸の結束と英仏の不介入が明らかになった。
- ミュンヘン会談(1938年)— 宥和政策の頂点。ヒトラーの要求を認めた。
- 独ソ不可侵条約(1939年8月)— 思想的に対立する両国の提携は世界を驚かせた。ポーランド分割の密約を含む。
- 1939年9月、ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が勃発した。
入試で狙われるポイント総覧
- 1929年10月、ウォール街の株価大暴落から始まる
- アメリカ=ニューディール(修正資本主義)、英仏=ブロック経済、独伊日=対外侵略、ソ連=五カ年計画で影響を受けず
- ニューディールの主要政策=AAA・NIRA・TVA・ワグナー法
- ナチスは選挙で第一党となり合法的に政権獲得、全権委任法で独裁確立
- 英仏の宥和政策とミュンヘン会談
- 独ソ不可侵条約(1939年)→ ポーランド侵攻で開戦
- Q1. 世界恐慌の発端となった1929年の出来事は。
- A. ウォール街の株価大暴落
- Q2. アメリカが採った政策と、実施した大統領は。
- A. ニューディール、フランクリン=ローズヴェルト
- Q3. イギリスとフランスが採った経済政策を何というか。
- A. ブロック経済
- Q4. 世界恐慌の影響をほとんど受けなかった国と、その理由は。
- A. ソ連。五カ年計画による計画経済で市場から切り離されていたため
- Q5. ヒトラーが立法権を掌握した1933年の法律は。
- A. 全権委任法
- Q6. 1938年にズデーテン地方の割譲を認めた会談は。
- A. ミュンヘン会談
よくある質問
- 世界恐慌はなぜ世界中に広がったのですか?
- 当時の世界経済がアメリカ資本を中心に回っていたためです。アメリカが海外融資を引き揚げたことで、とくにアメリカ資本に依存していたドイツが壊滅的な打撃を受けました。
- なぜ国によって対応が違ったのですか?
- 広大な市場(植民地)を持つかどうかです。持てる国(米英仏)は国内改革やブロック経済で対応できましたが、持たざる国(独伊日)は対外侵略に活路を求めました。
- ナチスはどうやって政権を取ったのですか?
- 選挙で第一党となり、合法的に政権を獲得しました。その後全権委任法で立法権を握り独裁を確立します。民主的な手続きが独裁を生んだ点が重要です。
- 宥和政策はなぜ採られたのですか?
- 戦争を避けたいという世論に加え、共産主義ソ連への警戒からドイツを防波堤として利用しようとする思惑がありました。結果としてヒトラーの拡大を許しました。
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