ロシア革命とは|命令・四月テーゼ・講和条約を史料6問で読む

川沿いの都市と馬車、働く人々を描いた19世紀ロシアの色鉛筆イラスト
近代ロシアの都市と社会(AI制作・色鉛筆画)。歴史的背景をもとにしたイメージで、特定の人物・現場の再現ではありません。
日本世界史塾編集部世界史専門オンライン個別指導担任制マンツーマン/全国・海外対応

1917年のロシア革命では、二月革命で帝政が終わり、十月革命でボリシェヴィキが政権を握りました。新しいグレゴリウス暦の月名では、それぞれ三月・十一月と呼ばれます。ここでは、命令第一号、四月テーゼ、外交通信、ブレスト=リトフスク条約を史料6問で読み、書き手・宛先・条件・日付を整理します。 (根拠:R1・R2・R3・R4・R5)

革命の経過を学ぶには、人名や標語に加え、文書が何をしようとしたかを確かめることが役立ちます。命令が求める行動、政治家が示す方針、外交官が伝える発表、条約が定める条件は、それぞれ働きが異なります。方針を発表したことと、社会の全員が同意したことや、実際の手続が完了したことも分けて読みましょう。

二月革命と三月革命:暦と文書の日付を読む

英国国立公文書館の概説は、1917年の二つの革命を区分します。最初は帝政を終わらせ、臨時政府が成立する経過です。二度目はボリシェヴィキが政権を握る経過です。二月(三月)と十月(十一月)という月名の対応は、使用する暦の違いを伴います。 (根拠:R1)

具体的な文書にも、二重の日付が現れます。Yale大学が掲載するペトログラード・ソヴィエトの命令第一号は、見出しが3月14日、冒頭が3月1日(14日)です。数字の違いだけで別の命令が二度出たとせず、文書名と日付の表記を合わせて確認します。 (根拠:R2)

問1 月名と、文書に付された二つの日付を読む

A:公文書館の現代解説

1917年の最初の革命を二月、新しいグレゴリウス暦では三月とし、二度目を十月(十一月)と説明する。

B:命令第一号の掲載英訳

見出しは1917年3月14日。本文冒頭には「3月1日(14日)」という二重の日付がある。

①Aの二月革命と三月革命、十月革命と十一月革命を、それぞれ対応させてください。②Bの二つの日付は、別々の二つの命令が出たことを示しますか。③日付の異なる資料を年表へ入れる際、年月日のほかにどんな情報を添えると混同を防げますか。

解答・根拠を確認する

解答例 ①二月革命と三月革命は同じ革命、十月革命と十一月革命も同じ革命を異なる暦の月名で呼ぶ。②同一命令に二つの日付表記が付されているのであり、別々の二命令を示すものではない。③例えば使用する暦・掲載本文の表記、文書名、何の行為の日かを添える。

考え方 文書の見出しと本文冒頭を照合します。異なる月名や日付が出ても、同じ出来事を別の暦で示す場合があります。また、当時の文書の日付と、後の出版・目録の日付も別欄へ置くと整理できます。

確認する力 資料に記された日付を、暦と文書の種類に対応させる。 (根拠:R1・R2)

命令第一号:ソヴィエトの規定と条件を読む

ソヴィエトは代表者による評議会です。命令第一号の発出者は、ペトログラード労働者・兵士代表ソヴィエトと記されています。冒頭では地区の守備隊へ向け、兵士・水兵らには実行を、労働者には情報として伝えるという宛先の違いも示されます。 (根拠:R2)

本文には兵士・水兵の委員会の選出、武器の管理、勤務や権利に関わる条項があります。第4項はドゥーマ軍事委員会の命令を履行する条件を定め、第6項は勤務中と勤務外の場面を分けます。誰が、どの条件で、何をするかを条項ごとに読むと、複数の組織の権限関係を具体的に学べます。

問2 命令の対象と、条件を伴う軍紀を読む

資料メモ:命令第一号
冒頭はペトログラード地区の守備隊に向け、兵士・水兵らに実行を、労働者には情報として伝えると記す。第4項は、ドゥーマ軍事委員会の命令を、ソヴィエトの命令・決議と矛盾しない場合に履行するとする。第6項は勤務中の厳格な軍紀と、勤務外の政治・市民・私生活上の権利を分ける。

①第4項で、ドゥーマ軍事委員会の命令を履行する条件を取り出してください。②第6項は、勤務中と勤務外をどう分けていますか。③この二項を「全ての軍紀がなくなり、全ての地域の部隊が自由に行動した」という説明へ変えると、何が落ちますか。

解答・根拠を確認する

解答例 ①ソヴィエトの命令・決議と矛盾しない場合という条件。②勤務中には厳格な軍紀を求め、勤務外の政治・市民・私生活では市民としての権利を享受するという区分。③条文の条件と勤務中・外の区分が落ち、命令の対象と、実際の履行を確認するための範囲も広げすぎている。

考え方 一つの文書にも、権限の関係、勤務上の規律、市民としての権利が書き分けられます。条項を比べれば、「命令に従うか否か」という一語にせず、何に、どの条件で従う規定なのかを説明できます。

確認する力 宛先・適用場面・条件を保って規定を要約する。 (根拠:R2)

文書 書き手・対象 何を読むか
命令第一号 ペトログラード・ソヴィエトから守備隊等へ。 命令を履行する条件、勤務中の軍紀と勤務外の権利。
四月テーゼ レーニンが会合で報告し、新聞へ公表する個人的方針。 臨時政府への態度と、自党の立場についての本人の認識。
元皇帝の受入れをめぐる書簡・電報 英国王室の秘書や駐露大使から、外相・外務省へ。 立場の異なる書き手の懸念、報告、要請。
Morris電報 在スウェーデン米外交官から米国務長官へ。 ボリシェヴィキ側由来と明示する発表の伝達。
世界史の学習情報をLINEで受け取る

年号の覚え方・論述の型・入試分析を無料で配信しています。

LINE友だち追加(無料)

四月テーゼ:帰還・報告・掲載と個人の方針

四月テーゼの掲載英訳は、冒頭でレーニン本人が、4月16日夜のペトログラード到着と17日の報告を説明します。さらに、掲載先の書誌は20日付『プラウダ』です。帰還、会合での報告、新聞での公表は別の行為です。 (根拠:R3)

本人は個人的テーゼとして提示すると述べます。第3項では臨時政府を支持しないと主張し、第4項では、多くのソヴィエトで自党は少数派だと認めながら、批判と説明を続ける方針を示します。政治的な要求を読むときには、それが当時すでに全員の合意だったのか、広めようとしていた主張なのかを区分します。

問3 帰還・報告・掲載と、個人の方針を区分する

資料メモ:四月テーゼの掲載英訳
レーニンは、4月16日夜にペトログラードへ着き、17日に報告したと書く。掲載先の書誌は20日付『プラウダ』。本人は個人的テーゼとして公表すると述べる。第3項で臨時政府を支持しない方針を示し、第4項では、多くの労働者代表ソヴィエトで自党は少数派と認め、批判と説明の活動を唱える。

①16日・17日・20日を、帰還・報告・新聞掲載に対応させてください。②臨時政府に対する方針と、ソヴィエトでの自党の立場について、書き手が述べることをそれぞれ答えてください。③この文書を「帰還の日に、全ソヴィエトが同じ方針を決定した記録」と呼べないのはなぜですか。

解答・根拠を確認する

解答例 ①16日夜は帰還、17日は報告、20日は新聞掲載。②臨時政府を支持しないと主張する一方、多くのソヴィエトでは自党が少数派であると認め、批判・説明を続けると述べる。③個人が提示した政治方針であり、帰還・報告・掲載の時点も異なる。全ソヴィエトの同日・同一決定を示す文書ではない。

考え方 政治家の文書は、主張と、その主張を広めるための行動を知る資料です。個人の提案、集会での報告、新聞への掲載、他の組織での採用をそれぞれ分けると、方針が一斉に全員へ受け入れられたという物語へ飛ばずに読めます。

確認する力 行為の時点と、発言者が示す方針・立場を区分する。 (根拠:R3)

外交通信:誰が何を伝え、求めたか

帝政が終わった後も、元皇帝の処遇をめぐる外交上の議論は続きました。英国国立公文書館が紹介する4月の二文書は、元皇帝夫妻の受入れについての懸念を伝えます。一つは国王の私設秘書から外相への書簡、もう一つは駐露大使から外務省への秘密電報です。書き手と宛先、情報の得方を確かめると、同じ議題がどの立場から論じられたかを読めます。 (根拠:R1)

問4 退位後の外交通信は、誰の懸念を伝えるか

A:1917年4月6日の書簡

国王の私設秘書スタンフォーダムから英国外相バルフォアへ。元皇帝夫妻の英国居住が王・王妃の立場を損なうとの懸念を伝え、ロシア政府の提案への既同意を撤回できるよう求める。

B:4月15日の秘密電報

駐露大使ブキャナンから英国外務省へ。元皇帝の受入れについて、会話した相手の意見、大使自身の判断、世論や政治勢力の反応への懸念を報告する。

①A・Bの書き手と宛先を、それぞれ対応させてください。②Aは、元皇帝夫妻がすでに英国で暮らしている事実の報告ですか、それとも受入れへの懸念と同意撤回の要請ですか。③A・Bを使って英国側の議論を調べるとき、文書の中の意見と、国民全員の意見を区別するにはどんな点を示しますか。

解答・根拠を確認する

解答例 ①Aは国王の私設秘書から外相へ、Bは駐露大使から外務省へ。②受入れへの懸念を述べ、同意撤回を求める文書である。③誰がどの立場で、誰の発言や反応を伝え、何を提案したかを示す。これらを英国民全員に直接尋ねた結果とはしない。

考え方 同じ元皇帝の処遇を扱っても、王室の立場を伝える書簡と、外国にいる大使の電報では、役割や情報の得方が異なります。懸念や要請は政治判断の手がかりになりますが、そのまま全社会の合意や実施済みの結果ではありません。

確認する力 書き手・宛先・通信の目的を、内容の確かさと結び付ける。 (根拠:R1)

十月革命後の動きも、外国の外交官が通信で報告しました。米国務省の文書集に収めるMorris電報は、1917年11月10日、ストックホルムから送られています。Morrisは、出てくる情報がボリシェヴィキ側のものだと冒頭で断っています。これは、その発表をどの経路で読むかを知る重要な手がかりです。 (根拠:R4)

電報は政権掌握を告げる発表や、和平交渉・停戦の提案を伝えます。発表者が自らの行為をどう説明したかを知ることと、その全内容を別の資料で確かめることは、異なる作業です。資料の伝達経路を添えて紹介すれば、当事者の主張を無条件に実況の事実へ変えることを防げます。

問5 外交電報が明かす、情報の伝わり方を読む

資料メモ:Morrisの電報
1917年11月10日、ストックホルムから米国務長官へ送信され、11日に受信された。Morrisは在露大使館の通信が妨げられていると考え、ここで伝えるのはボリシェヴィキ側由来の情報と断る。政権を掌握し、兵士と労働者が一体となり流血なく勝利したという発表や、和平交渉開始・停戦の提案を報告する。

①この電報は、どこから誰へ送られ、いつ受信されましたか。②書き手が明示する情報源と、通信状況についての断りを答えてください。③「流血なく勝利」という部分を本文で紹介する際、情報が伝わった経路が分かる一文にしてください。

解答・根拠を確認する

解答例 ①ストックホルムから米国務長官へ11月10日に送信され、11日に受信された。②情報はボリシェヴィキ側由来であり、在露大使館の通信が妨げられていると考えると断っている。③例えば「Morrisは、ボリシェヴィキ側由来の情報として、流血なく勝利したという発表を米国務長官へ報告した」とする。

考え方 電報に記された発表と、電報の書き手自身による現地確認は同じではありません。発表者、入手・中継した人、受け取った人を順に置くと、当事者の主張を中立の実況へ変えずに紹介できます。

確認する力 発表・情報源・外交報告という伝達の層を説明する。 (根拠:R4)

ブレスト=リトフスク条約:当事者と効力を読む

和平の要求や提案を読む段階から進み、1918年の講和条約では、当事者と規定の条件を確かめます。ブレスト=リトフスク条約の第I条は、ドイツ・オーストリア=ハンガリー・ブルガリア・トルコと、ロシアの間の戦争状態の終結を宣言します。当事者を列挙した条文として読むことが大切です。 (根拠:R5)

条約の末尾は3月3日の署名を記します。一方、第XIV条は批准と発効を定め、別の定めがある各規定等への留保も置いています。署名、批准、発効、実際の履行を一つにまとめず、どの時点・手続を示す言葉かを区分します。

掲載資料の日付 何の行為か 注意すること
1917年3月1日(14日) 命令第一号の日付。 同一命令の二つの日付表記。別命令が二つあるという意味ではない。
1917年4月16日・17日・20日 レーニンの帰還・報告・新聞掲載。 掲載英訳が区分する日付。三つを同じ行為へまとめない。
1917年11月10日・11日 Morris電報の送信・受信。 報じる事件の時点と、報告が発信・到着する時点を区分する。
1918年3月3日 ブレスト=リトフスク条約の署名。 発効には批准と各規定の条件も確かめる。

また、今回使う電子掲載本文は、米総領事が送った条約の英訳を文書集から掲載したものです。編者注は、非公式のロシア語本文に基づき、ドイツ語本文等との比較で補正した英訳だと説明します。第XIII条が列挙する正文の言語には英語がありません。英訳を読むことは内容を学ぶ入口ですが、正文原物を独自に判読したこととは別です。

問6 講和条約の当事者、正文、批准条件を読む

資料メモ:ブレスト=リトフスク条約の掲載英訳
第I条は、一方をドイツ・オーストリア=ハンガリー・ブルガリア・トルコ、他方をロシアとし、その間の戦争状態の終結を宣言する。第XIII条は正文とする言語を当事者の関係ごとに列挙するが、英語はそこに挙がらない。第XIV条は批准を必要とし、各条・付録・補足協定に別の定めがある場合を除き、批准時に発効すると規定する。末尾には1918年3月3日の署名日がある。

①第I条の戦争状態終結は、どの当事者間のことですか。②3月3日の署名と、第XIV条の発効条件をどう分けますか。③この掲載英訳を、正文の原物や、第一次世界大戦全体が終わった記録として扱ってよいですか。

解答・根拠を確認する

解答例 ①ドイツ・オーストリア=ハンガリー・ブルガリア・トルコと、ロシアの間のことである。②3月3日は署名日。発効については批准を必要とし、別段の定めがある規定等を除くという条件を添える。③そのようには扱わない。掲載は英訳で、条約は列挙された当事者間の講和を定めるものであり、全世界の戦争終結を示すものではない。

考え方 条約名と年だけでなく、当事者、適用範囲、効力を生む条件を読みます。英訳の電子掲載、当時送られた翻訳、正文という資料の層も区分すると、ある文書が何を直接示しているかを説明できます。

確認する力 条約の相手・条件・言語を、資料の種類と対応させる。 (根拠:R5)

  • 日付:異なる暦の表記、報告日、掲載日、送受信日、署名日を分ける。
  • 主体:命令を出す組織、方針を示す個人、情報を中継する外交官を区分する。
  • 条件:命令の対象と場面、条約の当事者と発効条件を保つ。
  • 資料の層:当時の文書、翻訳・翻刻、現代の解説を分けて読む。

よくある質問

二月革命と三月革命、十月革命と十一月革命は別の出来事ですか?
それぞれ同じ革命を、異なる暦の月名で呼びます。英国国立公文書館の解説は、二月(新しいグレゴリウス暦で三月)の革命が帝政を終わらせ、十月(十一月)の革命がボリシェヴィキを政権へ導いたと区分します。個々の文書でも、日付と暦の表記を確かめましょう。
四月テーゼは、レーニンが帰国した日に全ソヴィエトが決めた方針ですか?
掲載英訳は、4月16日夜の帰還、17日の報告、20日の新聞掲載を区分します。レーニンは個人的テーゼと説明し、多くのソヴィエトで自党は少数派だとも述べます。個人の提案、報告、掲載、他組織での採用を同じことにはしません。
外交官の電報は、現地の出来事をそのまま目撃した記録ですか?
書き手の場所と情報源を確かめます。1917年11月10日のMorris電報はストックホルムから送られ、情報はボリシェヴィキ側由来と断っています。発表内容を中継する報告と、書き手による独立の現地確認は区分して読みます。
ブレスト=リトフスク条約の署名で、世界大戦全体が終わったのですか?
条約第I条が扱うのは、ドイツ・オーストリア=ハンガリー・ブルガリア・トルコとロシアの間の戦争状態です。1918年3月3日の署名日と、第XIV条が定める批准・発効条件も区分します。当事者間の講和を、第一次世界大戦全体の終結とはしません。

出典と、この教材で読む範囲

現代の公文書館解説、当時の命令や個人の方針、外交報告、条約英訳を区分しています。資料メモ・設問・解答は編集部の日本語要約と独自制作です。ロシア語等の原文書を独自に校訂・全文翻訳したものではありません。

  1. R1:Foreign Office: Records about The Russian Revolution

    種類:英国国立公文書館の現代教育解説と、所蔵する1917年の外交電報・書簡の画像および翻刻。

    書誌・文書情報:The National Archives。FO 800/205 f90–91、Buchanan電報、1917年4月15日。FO 800/25/80、StamfordhamからBalfour宛書簡、1917年4月6日。

    参照範囲:PDF2頁の革命と暦の概説、7頁の電報翻刻、9頁の書簡翻刻を参照しました。

    読み取る範囲:文書は書き手の立場、懸念、提案を伝えます。現代の解説と当時の発言を分け、英国民全員の世論や提案の全実施過程を直接示す資料とはしません。

  2. R2:Order No. I of the Petrograd Soviet, March 14, 1917

    種類:Yale大学法学図書館Avalon Projectが掲載する、命令第一号の英語本文。

    書誌・文書情報:1917年3月1日(14日)付、ペトログラード労働者・兵士代表ソヴィエト。全7項。

    参照範囲:冒頭の日付と宛先、第4項の命令を履行する条件、第6項の勤務中の軍紀と勤務外の権利を読みます。

    読み取る範囲:命令が定める内容と、全ての部隊で実際にどう履行されたかは区分します。掲載英訳を用いた読解であり、ロシア語原物の独自校訂・翻訳ではありません。

  3. R3:April Theses — The Tasks of the Proletariat in the Present Revolution

    種類:Michigan State UniversityのSeventeen Moments in Soviet Historyが掲載する、レーニンの政治方針の英訳。

    書誌・文書情報:1917年4月17日の報告、4月20日『プラウダ』掲載。底本V. I. Lenin, Selected Works in Two Volumes, Moscow: Foreign Language Publishing House, 1952, Vol.2, pp.3–17。

    参照範囲:冒頭の帰還・報告・掲載の時点、個人的テーゼという説明、第3項の臨時政府不支持、第4項の自党の立場を読みます。

    読み取る範囲:掲載英訳の日付を用い、別の暦の日付を補いません。書き手の主張や少数派という自己認識を、全員の合意や全時期の投票統計とはしません。

  4. R4:The Minister in Sweden (Morris) to the Secretary of State

    種類:米国務省が公開する、在スウェーデン米外交官による1917年の電報。

    書誌・文書情報:FRUS 1918, Russia, Vol.I, document225、File861.00/644。ストックホルム、1917年11月10日送信、11日受信。公式文書集は1931年刊。

    参照範囲:書き手・宛先・送受信日、情報源についての断り、政権掌握の発表と和平交渉・停戦の提案を報告する本文を参照しました。

    読み取る範囲:電報はボリシェヴィキ側由来の情報であることを明記します。発表内容を中継する外交報告と、中立な現地目撃記録や各国の合意を区分します。

  5. R5:Peace Treaty of Brest Litovsk — translation in Summers telegrams

    種類:米総領事が送った条約英訳を、公式外交文書集FRUSからYale大学Avalon Projectが掲載。

    書誌・文書情報:Summersから米国務長官宛、モスクワ、1918年3月30日・4月2日の電報。条約末尾の署名日は3月3日。FRUS 1918, Russia, Vol.I、1931年刊。

    参照範囲:条約第I条の当事者、第XIII条の正文言語、第XIV条の批准と発効の条件、署名日、編者注2の翻訳の説明を参照しました。

    読み取る範囲:掲載英訳は、編者注によれば非公式のロシア語本文に基づき、ドイツ語本文等との比較で補正されたものです。正文と英訳、署名と批准・履行を区分し、当事者間の講和を世界大戦全体の終結とはしません。

次に学ぶ:革命の全体像と、社会経済政策へ

文書の立場や条件を読めたら、二月革命・十月革命と、その後の社会経済政策の流れを整理しましょう。資料にある方針と、後の政策の時期・内容を対応させる学習へ進みます。

数強塾:二つの革命・二重権力と、講和後の政策を整理する

教材の制作と授業について

本文の改稿・資料メモ・確認問題の制作と編集:日本世界史塾編集部。運営者の藤原進之介と、授業担当の伊藤敏は下記で紹介しています。教材の編集と、運営・授業の案内を分けて掲載しています。

この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤
藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

講師紹介をくわしく見る

世界史を「暗記科目」から「得点源」に変える

日本世界史塾は、担任制マンツーマンの世界史専門オンライン塾です。
まずは体験授業で、あなたの答案と勉強法を直接診断します。

体験授業に申し込む(3,300円・税込)
入塾を前提とした勧誘は行いません/全国・海外から受講可

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です