中国の王朝の覚え方|順番・首都・特徴を一気に固める

中国の王朝の覚え方|順番・首都・特徴を一気に固める
日本世界史塾編集部世界史専門オンライン個別指導担任制マンツーマン/全国・海外対応

「殷周秦漢…」と唱えられても点にならない——これが中国史でつまずく人の共通点です。順番の暗記は出発点であって到達点ではありません。この記事では、王朝の順番を最短で固めたうえで、首都・統治の特徴・滅び方までを一続きにして、実際に得点になる形まで持っていきます。

まず順番を固める(所要10分)

中国の主要王朝は次の順です。まずはこれを、何も見ずに書き出せる状態にしてください。

一言でいうと殷 → 周 → 春秋戦国 → 秦 → 漢(前漢・新・後漢)→ 三国 → 晋 → 南北朝 → 隋 → 唐 → 五代十国 → 宋(北宋・南宋)→ 元 → 明 → 清

語呂やリズムで覚えて構いません。ただし、ここで止まると1点も取れません。順番はあくまで、これから積む情報を掛けるです。

分裂期を意識する統一王朝の間には必ず分裂期があります。春秋戦国/三国・南北朝/五代十国の3つです。分裂期には思想が発達し(諸子百家)、民族の移動が起こり(五胡)、新しい社会層が台頭する——分裂期は「空白」ではなく「変化の時期」だと押さえてください。

首都で覚える — 位置に意味がある

王朝 首都 位置の意味
周(西周) 鎬京 渭水盆地。西方の遊牧勢力に備える
咸陽 同じく渭水盆地
前漢 長安 西域への玄関口。シルクロードの起点
後漢 洛陽 東の農業地帯に近く、経済重視
長安 国際都市。人口100万、西域の文化が流入
北宋 開封 大運河の要衝。江南の物資を運びやすい
南宋 臨安(杭州) 金に華北を奪われ江南へ
大都(北京) モンゴル高原と中国を結ぶ位置
南京 → 北京 永楽帝が北方防衛のため北京へ
北京 満州(東北)との連絡を重視

首都の移動には一貫した論理があります。「西の長安 → 東の洛陽・開封 → 北の北京」という流れは、①経済の中心が江南へ移った ②北方民族への防衛が最重要課題になったという2つの要因で説明できます。

経済の南遷安史の乱で華北が荒廃して以降、経済の中心は江南へ移りました。宋代には「蘇湖(江浙)熟すれば天下足る」と言われるほどです。政治の中心(北)と経済の中心(南)が分離したため、大運河が国家の生命線となりました。
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4本の縦串を通す — ここが本番

王朝を横に並べるだけでは論述に使えません。同じテーマを時代順に並べる(縦串)と、記憶量が半分になり、しかも答案に直結します。

① 土地制度

井田法(周・伝説)→ 屯田制(魏)→ 占田・課田法(西晋)→ 均田制(北魏〜唐)→ 荘園・佃戸(宋以降)

軸は「国家が土地を配れるかどうか」。配れる間は均田制が機能し、人口増加で配れなくなると大土地所有が進みます。

② 税制

租庸調(唐前期)→ 両税法(780年)→ 一条鞭法(明)→ 地丁銀(清)

軸は「何に課税するか」人 → 土地と資産 → 銀で一本化 → 人頭税を土地税に繰り込むという一方向の変化で、背景には政府が人口を把握しきれなくなるという現実があります。

③ 官吏登用

郷挙里選(前漢)→ 九品中正(魏〜南北朝)→ 科挙(隋〜清、宋で完成)

軸は「誰が官僚になるか」推薦(豪族が独占)→ 等級評価(門閥貴族の固定化)→ 試験(皇帝直属の官僚)と進み、科挙の完成が皇帝独裁の完成を意味しました。

④ 兵制

府兵制(西魏〜唐)→ 募兵制(唐後期)→ 文治主義(宋)→ 八旗・緑営(清)

軸は「誰が兵になるか」。均田農民が兵となる兵農一致が崩れると傭兵化し、節度使の自立を招きました。宋はその反省から文官優位としましたが、今度は軍事力が弱くなります。

この4本を1枚の表に縦軸に王朝、横軸に4つのテーマを取った表を作り、白紙から再現できるまで繰り返してください。これが完成した時点で、共通テストの中国史はほぼ落とさなくなり、論述の骨子も自動的に作れるようになります。日本世界史塾では、中国史の学習をこの表作りから始めます。

滅び方で覚える — パターンは4つ

王朝の滅亡には繰り返されるパターンがあります。これを知ると、王朝ごとの末期の出来事が整理されます。

パターン 内容
農民反乱 重税と飢饉で民衆が蜂起 陳勝・呉広の乱(秦)、黄巾の乱(後漢)、黄巣の乱(唐)、紅巾の乱(元)、李自成の乱(明)
北方民族の侵入 遊牧勢力の南下 五胡(西晋)、(北宋・靖康の変)、モンゴル(南宋)
軍人の自立 地方の軍事力が中央を離れる 節度使(唐)、軍閥(中華民国)
宮廷の腐敗 外戚・宦官の専横 党錮の禁(後漢)、明末の宦官政治

注目すべきは、多くの王朝が複数のパターンを同時に抱えて倒れていることです。たとえば唐は節度使の自立+黄巣の乱、明は李自成の乱+清(北方民族)の侵入という組み合わせでした。

論述での使い方「王朝が交代した理由を述べよ」と問われたら、1つの原因で説明しないでください。社会経済の変化(税制・土地)→ 統治能力の低下 → 反乱や外部勢力の侵入という連鎖で書くのが正解です。

覚え方のコツと、入試頻出ポイント

  • 順番は語呂で10分、その後は棚として使う
  • 首都の移動は「西→東→北」。理由は経済の南遷と北方防衛
  • 4本の縦串(土地・税・官吏登用・兵制)を1枚の表に
  • 分裂期は変化の時期(諸子百家・五胡・五代の武人政治)
  • 滅亡のパターンは農民反乱・北方民族・軍人の自立・宮廷の腐敗
  • 征服王朝の統治法=遼(二重統治)/金(猛安・謀克)/元(モンゴル人第一主義)/清(満漢併用制)
共通テストでの出方王朝名と制度の組み合わせを入れ替える問題が最頻出です。「均田制=北魏〜唐/両税法=唐(780年)/一条鞭法=明/地丁銀=清」という対応を、縦串の表で固めておけば取りこぼしません。年代整序も、因果の順で並べれば年号を覚えなくても解けます。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 中国史の3つの分裂期を答えよ。
A. 春秋戦国・三国南北朝・五代十国
Q2. 北宋の首都と、そこが選ばれた理由は。
A. 開封。大運河の要衝で江南の物資を運びやすいため
Q3. 土地制度の流れを4つ順に答えよ。
A. 屯田制→占田・課田法→均田制→荘園・佃戸
Q4. 税制の流れを4つ順に答えよ。
A. 租庸調→両税法→一条鞭法→地丁銀
Q5. 官吏登用制度の流れを3つ順に答えよ。
A. 郷挙里選→九品中正→科挙
Q6. 唐を実質的に衰退させた2つの要因を答えよ。
A. 節度使の自立と黄巣の乱

よくある質問

王朝の順番だけ覚えれば大丈夫ですか?
足りません。順番は情報を掛ける棚にすぎません。首都・4本の縦串(土地・税・官吏登用・兵制)・滅び方まで載せて初めて得点になります。
中国史の暗記量が多すぎて挫折しそうです。
王朝ごとに横に覚えるのをやめ、テーマごとに縦に並べてください。同じテーマの変化を追う方が因果でつながるため、覚える量は実質的に半分以下になります。
首都の位置を覚える意味はありますか?
あります。長安(西)→ 開封(東)→ 北京(北)という移動は、経済の中心が江南へ移ったことと、北方防衛が最重要になったことを反映しています。地図問題でも問われます。
年代整序が苦手です。
年号を増やすより因果を増やしてください。「均田制が崩れたから両税法」のように原因と結果で並べれば、年号を思い出さなくても順序が決まります。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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