ビザンツ帝国とは|東ローマの呼称・皇帝・教会・文字を史料6問で読む

ビザンツ帝国は、コンスタンティノープルを中心に続いた東方のローマ帝国を学ぶ際の呼び名です。中世の住民は自らをローマ人と呼びました。首都、皇帝の法、聖堂、地方官、教会、文字と写本を一つずつ見ると、長い歴史の中で何が受け継がれ、何が変わったかを具体的に学べます。 (根拠:S1)
本稿では、法が求めること、古代の筆者がたたえること、現代の研究が整理することを分けます。各資料から分かる内容を、6つの確認問題で確かめましょう。
東ローマの呼称と、首都の歴史を整理する
メトロポリタン美術館の概説によると、コンスタンティヌスは330年、ビュザンティオンを新しい首都コンスタンティノープルとし、「新しいローマ」とも呼ばれました。同館は、住民の自己認識をローマ人、ビザンツという呼称を後世の歴史家によるものとして説明しています。地名、首都の役割、国家の呼び方を分けるのが出発点です。 (根拠:S1)
同じ首都でも、その支配は変化しました。1204年には第4回十字軍が占領してラテン帝国が成立し、1261年にはビザンツの支配が回復しました。1453年のオスマン勢力による首都陥落は、これらとは別の出来事です。以下では首都・文書・教会の出来事を、対象の欄を分けて並べます。 (根拠:S1)
表は画面幅に応じて表示が変わります。狭い画面では、年・対象・出来事を順に読み、必要に応じて表の内側を移動してください。
| 年 | 対象 | 資料に沿って整理する出来事 |
|---|---|---|
| 330年 | 首都 | コンスタンティヌスによる新しい首都の整備。後世の国名と区別する。S1 |
| 535年 | 法文 | 新勅法第6号。聖職と帝国の役割、教会規律に関する立法を読む。S2 |
| 537年 | 聖堂 | 史料集の現代の導入が示すハギア=ソフィア献堂の年。S3 |
| 1054年 | 教会関係者 | 具体的人物に向けられた処分を、1965年の声明が回顧する。S5 |
| 1204年 | 首都の支配 | 第4回十字軍による占領、ラテン帝国の成立。S1 |
| 1261年 | 首都の支配 | コンスタンティノープルにビザンツの支配が回復。S1 |
| 1453年 | 首都 | オスマン勢力によるコンスタンティノープル陥落。S1 |
| 1965年 | 共同声明 | 1054年の破門の判決を取り扱い、和解への意思を表す。S5 |
ユスティニアヌスの法と、聖堂の建築を読む
ユスティニアヌスの統治を知る材料には、皇帝が出す法文があります。535年の新勅法第6号は、コンスタンティノープルの大主教・総主教エピファニオスに宛てられています。序文は、聖職と帝国を同じ神的な源泉からの贈り物とし、それぞれ神的な事柄と人的な事柄を担うと区別して、その調和を求めます。 (根拠:S2)
同法の第I章§8では、教会の規範を法として有効にしてきたことにも言及します。つまり、役割を区別する理念と、皇帝が教会の規律に関わる法を定める働きを、一緒に読むことができます。「皇帝教皇主義」という説明語を使う場合も、こうした文書の時点と具体的な行為を添えましょう。
建築の事業は、別の種類の文書から見えます。プロコピオスの『建築について』の抜粋は、ユスティニアヌスがハギア=ソフィアの工事を進め、職人を集めたと記します。また、アンテミオスとイシドロスという建築家の仕事を挙げています。皇帝の事業という要約の中に、実際に設計や工事を担った人々の役割を位置づけられます。 (根拠:S3)
誰に何を守らせようとするのか、どんな権限や規範を掲げるのか。法の内容と宛先を読みます。
誰の事業を、誰がどのように描くのか。技術者の役割と、皇帝や聖堂をたたえる表現を読みます。
参照した史料集の導入は、聖堂の献堂を537年と説明しています。この年は現代の掲載導入にある情報です。古代の叙述、近代の英訳、現代の説明を区別すると、年代の根拠も明確になります。
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地方官の役職と、担当する地域を確かめる
地方統治では、地域ごとに置かれた役職が手掛かりになります。美術館の概説は、7〜12世紀にわたるテマと呼ばれる行政区分と軍事的統治の仕組みを述べています。まず軍管区という枠組みを押さえ、個別の記録がどの役職や地域を示すかを調べると、制度名が具体的な人や場所につながります。 (根拠:S1)
King’s College Londonの人物誌「Leo 105」は、印章の研究をまとめ、レオンにペロポネソスのストラテゴスという官職を対応させています。その印章を、おそらく10世紀または11世紀としています。ここでは、人物・官職・地域・推定年代の四つを一組にして読むことができます。 (根拠:S4)
この項目は、かつての人物同定と、それに対する文字形の年代からの検討も記しています。名前が似ていても、役職や年代まで一致するかを確かめるのです。土地の給付や農民全体の軍役を論じるときには、その対象を扱う別の記録も必要になります。
教会の関係と、スラヴ語の文字文化を分けて学ぶ
1054年を回顧する1965年の共同声明
東西教会の関係を学ぶ資料の一つが、教皇パウロ6世と総主教アテナゴラス1世の承認による1965年12月7日の共同声明です。声明は1054年の出来事を回顧し、ローマ側使節が総主教ミカエル=ケルラリオスと他の2人に向けた処分と、総主教・コンスタンティノープルの会議が使節へ向けた処分を挙げます。 (根拠:S5)
声明は、その処分が教会全体ではなく当該人物へ向けられていたと評価します。そして破門の判決を記憶と教会の中から取り除くと表明しながら、なお相違が残るとも述べています。1054年の対象、後の関係の変化、1965年の和解の行為を分けることで、「いつ一挙にすべてが分裂・統合したか」だけでは捉えにくい経過を学べます。
文字を作ること、翻訳を伝えること、写本を作ること
スラヴ語の文字文化は、文字・翻訳・写本を分けると理解しやすくなります。EU理事会図書館の現代解説は、キュリロス(キュリル)の制作した文字をグラゴル文字とし、キリル文字の成立には複数の仮説があると説明します。弟子たちのブルガリアでの活動と、その後の広がりも区別して述べています。 (根拠:S6)
UNESCOが紹介するEnina Apostolosは、11世紀の羊皮紙写本断片です。解説は初期キリル文字の一形態とし、翻訳が東ブルガリアで伝えられた時期を9世紀末〜10世紀初めに位置づけます。一つの写本にも、より前に翻訳された内容、伝えられた経路、個々の本を作った時点という複数の時間があります。 (根拠:S7)
資料の役割を比較する6つの確認問題
以下は編集部による資料メモと独自問題です。先に問題を読み、答えを考えてから解答を開いてください。元の文書と、その翻訳・現代の解説が伝える範囲を確かめます。
問1 呼び名と、首都を整える出来事を分ける
博物館の解説は、コンスタンティヌスがビュザンティオンを帝国の新しい首都とし、コンスタンティノープルと呼んだと説明する。
同解説は、中世の住民が自分たちをローマ人(Rhomaioi)と呼んだと記す。
同解説は、この国家をビザンツと呼ぶのは後世の歴史家だと説明する。
①A・B・Cを「首都に関わる出来事」「当時の自己認識」「後世の呼称」に対応させてください。②「330年、住民がビザンツ帝国という新しい正式国名を決めた」とまとめると、どの情報を混同していますか。
解答・根拠を確認する
解答例 ①Aは首都に関わる出来事、Bは当時の自己認識、Cは後世の呼称。②首都を整える出来事と、後世の歴史家による国家の呼び方を混同している。自称として資料が挙げるのはローマ人である。
考え方 年表には年だけでなく「何が起きたか」を書きます。また、地名のビュザンティオン、首都のコンスタンティノープル、後世の国家名を別の欄にすると整理できます。330年という数字を、すべての制度や国名がその日に新設された証拠へ広げません。
確認する力 出来事・地名・自称・後世の分類を対応させる。 (根拠:S1)
問2 二つの役割と、法文の働きを読む
資料A:535年の新勅法第6号の序文を要約
ユスティニアヌスは、聖職と帝国を同じ神的な源泉からの贈り物として述べ、聖職には神的な事柄、帝国には人的な事柄を対応させ、その調和を求める。
資料B:同法第I章§8を要約
聖職者が守る教会の規範について、先行する皇帝たちと自らが法として効力を持たせてきたことにも言及する。
①Aの二つの役割を、それぞれ担当する事柄と組にしてください。②AとBをあわせて、皇帝と教会の関係について何が読み取れますか。③「皇帝が司祭や総主教の職を自ら兼ねていた証拠」「現代の政教分離が成立した証拠」という二つの説明は、この資料だけでいえますか。
解答・根拠を確認する
解答例 ①聖職は神的な事柄、帝国は人的な事柄。②文書は両者の役割を区別し調和を求めながら、皇帝が教会の規律に関わる法を定める働きも示している。③いずれもこの資料だけからはいえない。
考え方 序文の理念と、法の具体的な働きを組み合わせて読みます。宛先はコンスタンティノープルの大主教・総主教エピファニオスです。役割が二つ書かれていること、皇帝が立法すること、皇帝自身が聖職の官職を持つことは、それぞれ別の論点です。
確認する力 法文が示す規範と行為を読み、現代の制度や兼職の断定へ置き換えない。 (根拠:S2)
問3 皇帝・建築家・記述者を対応させる
A:古代の建築叙述を近代英訳から要約
プロコピオスの抜粋は、ユスティニアヌスが工事を進め、各地から職人を集めたと述べる。アンテミオスは職人の仕事を組織し、建築の模型を用意した。イシドロスも建築家としてその仕事に加わる。記述は、皇帝の人選や聖堂の美をたたえている。
B:史料集ウェブページの現代の導入
ハギア=ソフィア聖堂の献堂を537年と説明する。
①皇帝、建築家たち、記述者プロコピオスの役割を、それぞれ答えてください。②537年という情報は、この参照ページのどの層にありますか。③「皇帝が一人で全設計を行った」「美をたたえる語が中立的な寸法測定を示す」という読み方は、Aに合いますか。
解答・根拠を確認する
解答例 ①皇帝は事業を進め人員を集める主体、アンテミオスとイシドロスは建築を担う人々、プロコピオスはその事業を記述し称揚する人である。②現代の導入にある。③合わない。Aは建築家の仕事を挙げており、賛美する表現と測定値も区別する必要がある。
考え方 「ユスティニアヌスが建てた」という要約の中にも、発注・組織・設計・叙述という異なる役割があります。また、このページには古代の叙述を伝える英訳と、後世の案内が並びます。日付を使う際も、情報がどちらにあるかを添えます。
確認する力 事業の主体と技術者と記述者を分け、古代本文・近代訳・現代の導入を区別する。 (根拠:S3)
問4 地方官の印章研究から、役職と地域を読む
大学人物誌「Leo 105」の記述を要約
King’s College Londonの人物誌は、印章研究に基づき、レオンの官職をペロポネソスのストラテゴス(strategos)と記す。印章の年代は、おそらく10世紀または11世紀とする。9世紀初めの別のレオンとの同定説にも触れるが、文字形の年代と合わないと説明する。
①この項目から、人物の官職と担当地域をどう対応させられますか。②年代を記録するなら、「10世紀の特定の一年」と「おそらく10世紀または11世紀」のどちらが資料に合いますか。③この印章項目だけで、帝国の全農民が同じ土地給付と兵役の制度に属したことまで説明できますか。
問5 1054年の処分と、1965年の共同声明を読む
1965年12月7日の共同声明を要約
教皇パウロ6世と総主教アテナゴラス1世が承認した声明は、1054年の破門の判決について、ローマ側使節が総主教ミカエル=ケルラリオスと他の2人へ、総主教とコンスタンティノープルの会議がその使節へ向けたものと説明する。声明は、その処分が教会全体ではなく当該人物へ向けられていたと評価し、これらの破門の判決を記憶と教会の中から取り除くと表明する。一方、なお両教会の相違が残るとも述べる。
①声明が1054年の処分対象として挙げるのは、すべての信徒ですか、それとも具体的な人物ですか。②1965年の文書は、1054年の出来事そのものと、どのように時点と立場が違いますか。③この声明を「1965年にあらゆる相違が解消し、完全統合した」と要約してよいですか。
解答・根拠を確認する
解答例 ①使節や総主教らの具体的な人物である。②1965年の当事者が1054年を回顧・評価し、和解に向けた行為を表明した文書であり、1054年当時の原書簡そのものではない。③できない。声明自身が、なお相違が残ることを述べている。
考え方 年号だけで「正式に全関係が切れた日」「すべてが戻った日」を一組にせず、誰のどの行為が対象かを読みます。この文書は1965年の意思を示す一次声明であると同時に、1054年については後代の回顧です。
確認する力 後代の当事者の文書を、回顧する対象と現在の行為に分けて読む。 (根拠:S5)
問6 文字の成立・翻訳伝承・写本制作を分ける
キュリロス(キュリル)が作った文字をグラゴル文字と説明する。キリル文字の成立には複数の仮説があり、弟子たちのブルガリアでの活動と広まりを別の段階として記す。
Enina Apostolosは、11世紀の羊皮紙写本断片で、初期キリル文字の一形態を使うと説明される。ギリシア語からの翻訳は、キュリロス、メトディオスと弟子たちに関連づけられ、東ブルガリアで伝えられた時期は9世紀末〜10世紀初めとされる。
①Bが述べる写本の制作時期と文字は何ですか。②「翻訳の伝承」と「この写本が作られた時点」は同じですか。③AとBをあわせて「キュリロスがキリル文字を発明し、この11世紀写本を自筆した」と結論してよいですか。
よくある質問
- ビザンツ帝国と東ローマ帝国は違いますか?
- 学習上、東方に続いたローマ帝国を指して用いられる呼び方です。参照した博物館解説は、中世の住民が自らをローマ人と呼び、ビザンツは後世の歴史家による呼称だと説明します。首都の整備や支配の変化と、呼称の違いを分けて整理しましょう。
- 皇帝教皇主義とは、皇帝が司祭も兼ねることですか?
- その一文だけで関係を説明せず、時期と資料を確かめます。535年の新勅法第6号は聖職と帝国の役割を区別して調和を求め、同時に皇帝が教会規律に関わる法を定めています。この法文だけで司祭や総主教の兼職、現代の政教分離、全時期の政治実態を確定しません。
- 1054年の東西教会分裂を、1965年には解消したのですか?
- 1965年の共同声明は1054年の具体的人物に向けられた破門の判決を扱い、記憶と教会の中から取り除くと表明します。一方で、なお相違が残ると述べています。1054年の処分、後の関係の変化、1965年の和解の行為を、完全分離と完全統合という二つの年だけにまとめないことが大切です。
- キュリロスがキリル文字を作ったのですか?
- 参照した図書館解説は、キュリロスの文字をグラゴル文字とし、キリル文字の成立には複数の仮説があると説明します。弟子たちによる継承と広まりを分けましょう。11世紀のキリル文字写本があることも、本人による発明や自筆の証明にはなりません。
次に読む教材
数強塾:800年の戴冠を、原資料・近代訳・現代解説に分けて読む
フランク王国の教材では、出来事を述べる文章と、その後の翻訳や解説を比較できます。本稿の法文・建築叙述・現代解説の区別を、別の主題でも確かめられます。
日本世界史塾:1204年の都市占領と、その後の国家・支配の経過を読む
首都の年表を詳しく確認したい場合は、十字軍の教材の問5へ進みましょう。
出典と確認した範囲
資料メモ・比較表・設問・解答は編集部が制作しました。参照先は7資料カード・8ページです。S2は同じ法文を伝える英訳とラテン語転記の2ページであり、独立した二つの証言として数えません。長い原文の転載や全文訳は行わず、法文の規範、叙述の立場、現代の解説・研究・書誌を区別しています。
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資料の種類:現代博物館の美術史概説
書誌:Sarah T. Brooks, The Metropolitan Museum of Art; October 2001, revised October 2009.
参照範囲:冒頭の330年の新首都と住民の自称、テマの概観、1204・1261・1453年の首都支配を扱う箇所を参照しました。
確認の限界:現代の美術史概説です。長い期間にわたる制度の全実態や、存続の原因を一つで説明する資料とは区別します。
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S2 Justinian, Novella 6, preface and Chapter I §8 (535) / ラテン語転記と535年表示
資料の種類:古代法文の近代英訳・校訂系ラテン語ウェブ転記。大学の現代著作とは異なる。
書誌:S.P. Scott, The Civil Law XVI, Cincinnati, 1932英訳/Schoell & Kroll版ラテン語に基づく転記、Ingo Maier提出表示。Grenoble大学サイト掲載。
参照範囲:序文の聖職と帝国の役割、第I章§8の教会規範の法的効力、宛先と535年の表示を参照しました。
確認の限界:法文が示す規範と、各時期の実際の政治関係を分けて読みます。英訳とラテン語転記は同じ法文の伝達であり、ギリシア語原物を独自に判読したものではありません。
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S3 Procopius: De Aedificis [Buildings excerpt]
資料の種類:6世紀建築叙述の近代英訳抜粋+現代の掲載導入
書誌:W. Lethaby / H. Swainson, The Church of St. Sophia Constantinople, New York 1894, pp.24–28からの英訳抜粋をFordham sourcebookが掲載。
参照範囲:皇帝とアンテミオス・イシドロスの仕事を述べる英訳抜粋と、537年の献堂を示す現代の導入を参照しました。
確認の限界:皇帝と聖堂を称揚する叙述として読みます。古代の記述、近代の翻訳、現代の導入を分け、現存建物の全要素を同じ制作年代とは扱いません。
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S4 Prosopography of the Byzantine Empire: Leo 105
資料の種類:現代大学の人物誌・印章研究。掲載銘文は省略補完した展開転記。
書誌:King’s College London PBE. Schlumberger1884、Bees1914、Konstantopoulos、Bon1951などを参照する大学人物誌項目。
参照範囲:「Leo 105」の官職・地名、印章銘文の展開転記、推定年代と人物同定の議論を参照しました。
確認の限界:現代項目による銘文の展開転記と年代の研究を参照しています。印章画像の独自判読とは区別し、個別の役職・地域の記載から全農民の土地や兵役制度を決めません。
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S5 Joint Catholic-Orthodox Declaration, 7 December 1965
資料の種類:1965年の当事者による一次声明。1054年については後代の回顧で、1054年の原書簡ではない。
書誌:Paul VIとAthenagoras Iの承認を受けRome/Constantinopleで読まれた共同声明。
参照範囲:共同声明第2〜3節の1054年への回顧、第4節の和解の行為、第5節のなお残る相違の説明を参照しました。
確認の限界:1965年の当事者声明であり、1054年については後代の評価です。1054年の原書簡そのものとは区別し、1965年の完全統合の証明ともしません。
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S6 Celebrating the Cyrillic alphabet
資料の種類:現代公的図書館解説。9世紀同時代記録ではない。
書誌:Council of the European Union Library, Library note, 24 May 2018.
参照範囲:グラゴル文字、キリル文字成立の諸説、弟子たちのブルガリアでの活動を説明する部分を参照しました。
確認の限界:現代の図書館解説です。成立の諸説を一人・一つの年へ確定せず、9世紀の同時代記録とは区別します。
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S7 Enina Apostolos, Old Bulgarian Cyrillic manuscript (fragment) of the 11th century
資料の種類:写本の現代公的登録解説・物品書誌。原写本の全文校訂ではない。
書誌:UNESCO Memory of the World登録解説。登録2011、申請2010、Bulgaria。
参照範囲:11世紀の写本断片の文字・材質と、翻訳が東ブルガリアで伝えられた時期についての登録解説を参照しました。
確認の限界:写本の制作、翻訳が伝えられた時期、文字の成立を分けて読みます。登録解説を根拠とし、画像や原物の独自判読、本人の筆跡の認定とは区別します。
出典確認:2026年10月19日。物品は掲載機関の解説・研究記述を参照しており、印章や写本の画像・原物を独自に判読した教材ではありません。
教材の制作について
本ページの本文・資料メモ・比較表・確認問題は、日本世界史塾編集部が制作・編集しています。運営と授業担当については、以下の紹介と講師案内をご覧ください。
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