十字軍とは?目的・経過・失敗がもたらした結果

十字軍とは?目的・経過・失敗がもたらした結果
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十字軍は、聖地イェルサレム回復を掲げて約200年続いた遠征です。軍事的にはほぼ失敗しましたが、世界史で重視されるのは勝敗ではありません。「失敗したことで中世社会そのものが崩れ始めた」——この副産物こそが入試の中心です。回次の暗記より、因果を押さえてください。

十字軍とは(定義と背景)

一言でいうと1096年から13世紀後半まで、西ヨーロッパのキリスト教勢力が聖地イェルサレムの回復を掲げて派遣した遠征。教皇ウルバヌス2世クレルモン宗教会議(1095年)で提唱した。

きっかけはビザンツ皇帝からの救援要請でした。セルジューク朝が小アジアに進出してビザンツ帝国を圧迫し、聖地巡礼も困難になったためです。ただし、参加者の動機は宗教心だけではありません。

参加者 動機
教皇 東西教会の統一と、教皇権の威信を高めること
諸侯・騎士 新しい領地の獲得。とくに相続権のない次男以下
北イタリア商人 東方貿易の利権拡大(ヴェネツィア・ジェノヴァ)
農民 重い負担からの逃避と、罪の赦免への期待
論述で書くべきこと「聖地回復のため」だけでは不十分です。宗教的情熱・領土欲・商業利益という異なる動機が一時的に結合した運動だと書けると評価されます。動機がバラバラだったことが、のちの脱線(第4回)の原因でもあります。

主要な遠征の経過

結果
第1回 1096〜99 唯一の成功。イェルサレムを占領しイェルサレム王国を建てる
第2回 1147〜49 失敗
第3回 1189〜92 サラディン(アイユーブ朝)が聖地を奪回したことを受けて派遣。英のリチャード1世が奮戦するが回復できず、巡礼の自由を認めさせるにとどまる
第4回 1202〜04 ヴェネツィア商人の思惑で目的が変わり、コンスタンティノープルを占領してラテン帝国を建てる。十字軍の変質を示す
第5〜6回 13世紀前半 外交交渉で一時イェルサレムを回復するが再び失う
第7回・第8回 13世紀後半 フランス王ルイ9世が主導。いずれも失敗
最頻出は第1回・第3回・第4回回数をすべて覚える必要はありません。第1回=唯一の成功、第3回=サラディンとリチャード1世、第4回=コンスタンティノープル占領——この3つを固めれば、ほとんどの出題に対応できます。

1291年、最後の拠点アッコンが陥落して十字軍運動は終わります。なお、十字軍の名はアルビジョワ十字軍(南フランスの異端カタリ派討伐)のように、異教徒でない相手にも用いられました。教皇が敵とみなした相手に向けられた点は、運動の変質を示す例として問われます。

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失敗がもたらした5つの結果 — ここが本題

  1. 教皇権の失墜 — 教皇自らが呼びかけた事業が失敗し、権威に傷がついた。13世紀のインノケンティウス3世を絶頂として、14世紀にはアナーニ事件・教皇のバビロン捕囚へと転落する。
  2. 諸侯・騎士の没落 — 遠征費用の負担と戦死で疲弊。領地を売却・抵当に入れる者も多く、王権が相対的に強化された。中央集権化の出発点。
  3. 北イタリア諸都市の繁栄ヴェネツィア・ジェノヴァ・ピサが東方貿易(レヴァント貿易)を独占し、莫大な富を得た。この富がのちのルネサンスを支える。
  4. ビザンツ帝国の弱体化 — 第4回十字軍による占領で決定的に衰え、1453年のオスマン帝国による滅亡につながる。
  5. イスラーム文化との接触 — アラビア語に翻訳されて保存されていたギリシアの古典が西欧へ流入し、12世紀ルネサンスと大学の発展を促した。

つまり十字軍は、教皇権を高めるために始まって教皇権を落とし、封建社会を守るために動員されて封建社会を壊した運動でした。この逆説が、論述で最も評価される切り口です。

答案での書き方「十字軍は失敗した」で止めず、「失敗の結果として、教皇権の失墜・王権の強化・商業の復活が同時に進み、中世社会の解体が始まった」とまとめてください。ここまで書ければ、東大・一橋の論述でも十分に得点できます。

宗教騎士団と、その後

十字軍の過程で、修道士でありながら戦う宗教騎士団が生まれました。

  • テンプル騎士団 — 巡礼者の保護から始まり、金融業で巨富を得た。のちフランス王フィリップ4世に解散させられる
  • ヨハネ騎士団 — 病院での看護が起源。のちロードス島・マルタ島へ移る
  • ドイツ騎士団 — 東方植民に転じ、プロイセンの基礎を築く

とくにドイツ騎士団が東方植民を通じてプロイセンの母体となった点は、のちのドイツ統一まで一直線につながる重要な伏線です。

また、イベリア半島でのイスラーム勢力からの国土回復運動レコンキスタも、同じ時代の宗教的軍事運動として並べて理解されます。こちらは1492年のグラナダ陥落で完了し、同じ年にコロンブスが大西洋へ出航しました。「国内の統一が終わったから外へ向かった」という因果は、大航海時代の説明で必須です。

入試で狙われるポイント総覧

  • 提唱者はウルバヌス2世、会議はクレルモン宗教会議(1095年)
  • 直接の契機はセルジューク朝の進出とビザンツ皇帝の救援要請
  • 第1回のみ成功し、イェルサレム王国を建設
  • 第3回はサラディン(アイユーブ朝)が相手
  • 第4回はヴェネツィア商人の主導でコンスタンティノープルを占領し、ラテン帝国を建てた
  • 結果=教皇権の失墜/諸侯の没落と王権強化/北イタリア諸都市の繁栄/ビザンツの弱体化/イスラーム文化の流入
  • 宗教騎士団のうちドイツ騎士団はプロイセンの母体
共通テストでの出方「第4回十字軍は聖地を回復した」は誤り(コンスタンティノープルを占領した)。「十字軍によって教皇権が強化された」も誤り(失墜した)。結果を逆にした選択肢が定番なので、因果の向きを正確に覚えてください。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 十字軍を提唱した教皇と、その会議名を答えよ。
A. ウルバヌス2世、クレルモン宗教会議
Q2. 十字軍派遣の直接の契機となった国からの要請とは。
A. ビザンツ帝国(皇帝)からの救援要請
Q3. 聖地回復に成功した唯一の遠征は第何回か。
A. 第1回
Q4. 第3回十字軍の相手となったアイユーブ朝の君主は。
A. サラディン
Q5. 第4回十字軍が占領した都市と、建てた国は。
A. コンスタンティノープル、ラテン帝国
Q6. 東方植民を進めてプロイセンの母体となった騎士団は。
A. ドイツ騎士団

よくある質問

十字軍は何回派遣されたのですか?
数え方によって7回とも8回ともされます。回数そのものより、第1回・第3回・第4回の内容を押さえる方が入試では重要です。
十字軍は失敗したのに、なぜ重要なのですか?
失敗の結果として教皇権の失墜・諸侯の没落と王権の強化・北イタリア諸都市の繁栄・ビザンツの弱体化・イスラーム文化の流入が同時に進み、中世社会の解体が始まったからです。
第4回十字軍はなぜ聖地に行かなかったのですか?
輸送を引き受けたヴェネツィア商人が、交易上の競争相手であったコンスタンティノープルの攻撃へ誘導したためです。宗教運動が商業的利害に乗っ取られた例として問われます。
十字軍とレコンキスタは同じものですか?
別ですが、同時代の宗教的軍事運動として関連します。レコンキスタはイベリア半島でのイスラーム勢力からの国土回復運動で、1492年のグラナダ陥落で完了しました。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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