百年戦争とは?王位継承争いが国民意識を生むまで

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百年戦争は、始まりは王家の相続争いという中世的な戦争でした。ところが終わってみると、イギリスとフランスに「国民」という意識が芽生え、王権が強化され、騎士が没落していた。中世を終わらせた戦争として、入試では「何が変わったか」が問われます。
この記事でわかること
原因 — 相続と、毛織物と、ぶどう酒
一言でいうと1339〜1453年(諸説あり)、イギリスとフランスの間で断続的に続いた戦争。フランス王位の継承権とフランドル・ギエンヌをめぐる利害が原因。最終的にフランスが勝利し、イギリスは大陸の領土をほぼ失った。
| 原因 | 内容 |
|---|---|
| 王位継承問題 | フランスのカペー朝が断絶。イギリス王エドワード3世が母方の血統からフランス王位を主張した |
| フランドル | 毛織物工業の中心地。原料の羊毛を供給するイギリスが支配を望んだ |
| ギエンヌ(ボルドー周辺) | ぶどう酒の産地でイギリス王の所領。フランス王が回収を図った |
経済的動機を落とさない「王位継承をめぐる戦争」だけでは不十分です。フランドルの毛織物とギエンヌのぶどう酒という経済的利害が背景にありました。王朝の争いに、経済的な利害が重なったと書けると評価されます。
封建的な性格中世の王は「諸侯の中の第一人者」にすぎず、イギリス王がフランス国内に所領を持つことも普通でした。国境で区切られた国家同士の戦争ではなく、王家同士の争いとして始まった点が、この戦争の出発点です。
経過 — 長弓・黒死病・ジャンヌ=ダルク
- 序盤はイギリスが優勢。クレシーの戦いやポワティエの戦いで、長弓兵がフランスの重装騎兵を破った。
- 黒死病(ペスト)の流行と各国の内乱により、戦闘は断続的になった。
- フランスではジャックリーの乱、イギリスではワット=タイラーの乱という農民反乱が起きた。
- 15世紀前半、イギリスが再び優勢となり、オルレアンが包囲されてフランスは滅亡の危機に陥った。
- ジャンヌ=ダルクが現れ、オルレアンを解放。シャルル7世の戴冠を実現させた。
- ジャンヌは捕らえられ火刑に処されたが、戦況は逆転し、1453年にフランスがほぼ全土を回復した。
- イギリスに残ったのはカレーのみとなった。
長弓兵の意味クレシーの戦いで、歩兵の長弓が重装騎兵を打ち破りました。これは軍事的な事件にとどまりません。「騎士の軍事的価値の低下」を象徴し、封建制の解体を示す出来事として問われます。のちに火器が普及すると、この傾向はさらに決定的になります。
ジャンヌ=ダルクの歴史的意味軍事的な功績以上に、「フランス人」という意識を呼び起こした点が重要です。それまで住民は「王の臣民」であって「国民」ではありませんでした。外敵と戦うという経験が、共通の帰属意識を生んだ——これが国民意識の芽生えです。
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結果 — 中世が終わる4つの変化
- 国民意識の芽生え — 長い戦争を通じて、イギリス人・フランス人という意識が生まれた。国民国家への第一歩。
- 諸侯・騎士の没落 — 戦死と戦費負担で疲弊し、長弓や火器の普及で軍事的価値も低下した。
- 王権の強化 — 諸侯が没落した分、王が相対的に強くなった。常備軍と課税権を握るようになる。
- イギリスの大陸からの撤退 — 大陸の領土を失ったことで、以後イギリスは島国として海洋へ向かうことになる。
つまり百年戦争は、中世的な王家の争いとして始まり、近代的な国民国家への転換をもたらして終わったのです。この落差が最大のポイントです。
その後の展開戦後、イギリスでは王位をめぐるバラ戦争(1455〜85)が起こり、諸侯がさらに没落しました。これを収拾したテューダー朝のヘンリ7世が星室庁裁判所を設けて王権を強化し、絶対王政への道が開かれます。フランスでも王権が強化され、両国は主権国家として競い合っていきます。
黒死病との複合百年戦争の時期は黒死病の流行とも重なっています。戦争と疫病という2つの要因が同時に人口を減らし、労働力不足から農民の地位が向上して荘園制の解体が進みました。1つの原因で説明しないことが、この時代の論述の要点です。
「国民」はどう作られるか — 比較の視点
百年戦争が示すのは、「国民意識は自然に存在するのではなく、作られる」ということです。この視点は他の単元でも使えます。
| 時代・地域 | 国民意識を生んだもの |
|---|---|
| 百年戦争期の英仏 | 外敵との長期戦争 |
| フランス革命期 | 徴兵制と国民軍(国民が自ら国を守る) |
| ナポレオン戦争期のドイツ | 占領への抵抗(フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」) |
| 19世紀の国民国家 | 国民教育・徴兵制・国語の統一・鉄道 |
| 第一次世界大戦 | 総力戦とプロパガンダ |
論述での使いどころ「国民国家はどのように形成されたか」というテーマは、東大・一橋の頻出です。戦争・教育・徴兵制・言語の統一という4つの装置を挙げ、百年戦争をその最も早い事例として置くと、答案に時間的な奥行きが出ます。日本世界史塾では、この4装置を1枚のカードにして持たせています。
入試で狙われるポイント総覧
- 原因=王位継承問題+フランドル(毛織物)+ギエンヌ(ぶどう酒)
- 王位を主張したのはイギリス王エドワード3世
- クレシーの戦いで長弓兵が重装騎兵を破る
- ジャンヌ=ダルクがオルレアンを解放、シャルル7世の戴冠
- 終結は1453年、イギリスに残ったのはカレーのみ
- 結果=国民意識・諸侯と騎士の没落・王権の強化
- 戦後イギリスでバラ戦争 → テューダー朝の絶対王政へ
共通テストでの出方「百年戦争でイギリスが勝利した」は誤り(フランスが勝利)。「ジャンヌ=ダルクは戦後に功績を認められた」も誤り(捕らえられ火刑)。また1453年はビザンツ帝国の滅亡と同じ年——年代整序で狙われます。
この記事の一問一答(確認テスト)
- Q1. 百年戦争の経済的な原因となった2つの地域と産物を答えよ。
- A. フランドルの毛織物とギエンヌのぶどう酒
- Q2. フランス王位を主張したイギリス王は。
- A. エドワード3世
- Q3. クレシーの戦いで重装騎兵を破ったのは何か。
- A. 長弓兵
- Q4. オルレアンを解放し、シャルル7世の戴冠を実現した人物は。
- A. ジャンヌ=ダルク
- Q5. 戦後イギリスに残った大陸の領土は。
- A. カレー
- Q6. 百年戦争がもたらした3つの変化を答えよ。
- A. 国民意識の芽生え・諸侯と騎士の没落・王権の強化
よくある質問
- 百年戦争の原因は王位継承だけですか?
- 違います。フランドルの毛織物とギエンヌのぶどう酒という経済的利害が背景にありました。「王朝の争いに経済的な利害が重なった」と書けると評価されます。
- 長弓兵の勝利はなぜ重要なのですか?
- 歩兵が重装騎兵を破ったことで、騎士の軍事的価値の低下が明らかになったからです。封建制の解体を象徴する出来事として問われます。
- ジャンヌ=ダルクの歴史的意味は何ですか?
- 軍事的功績以上に、「フランス人」という意識を呼び起こした点です。それまで住民は「王の臣民」であって「国民」ではありませんでした。
- 百年戦争と黒死病はどう関係しますか?
- 時期が重なり、戦争と疫病が同時に人口を減らしました。労働力不足から農民の地位が向上し、荘園制の解体が進みます。1つの原因で説明しないことが重要です。
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この記事について
世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。
藤
藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。
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