この単元の位置づけ
単元14で完成した二つの陣営の対立が、この単元で爆発します。そして大戦の終わり方が、次の単元(冷戦)の枠組みをそのまま決めました。ヤルタでの取り決めが冷戦の出発点になります。
総力戦が、社会の仕組みを変えた
第一次世界大戦
サライェヴォでの一発の銃弾が、同盟網を通じて全面戦争に発展しました。塹壕戦で戦線は膠着し、戦車・毒ガス・航空機・潜水艦といった新兵器が投入されます。
決定的だったのは総力戦という性格です。国民・経済・科学のすべてが動員され、男性が前線へ行った分、女性が工場や職場に進出しました。
国家が国民に全面的な協力を求めた以上、戦後にその見返りを拒めなくなります。女性参政権の実現や労働者の地位向上は、この論理の帰結でした。
戦争が、革命を生んだ
ロシア革命
戦争の負担に耐えかねたロシアでは、まず二月革命で帝政が倒れ、臨時政府とソヴィエトが並び立つ状態になります。
しかし臨時政府が戦争を継続したため不満は収まらず、レーニンの指導するボリシェヴィキが十月革命で権力を握りました。新政権はドイツと単独で講和して戦線を離脱します。
その後、対ソ干渉戦争と内戦を経て、戦時共産主義から新経済政策へと方針を転換し、ソ連が成立しました。戦争が体制そのものを転覆させた最初の例です。
秩序を作ったが、弱点を残した
ヴェルサイユ体制と国際連盟
パリ講和会議はウィルソンの十四カ条を土台としつつ、実際には戦勝国の利害が優先されました。民族自決は東欧に適用された一方、アジア・アフリカの植民地には及びません。
ドイツには巨額の賠償が課され、その不満が次の戦争の温床になります。
史上初の国際平和機構である国際連盟も発足しました。ただし提唱国アメリカが不参加、議決は全会一致、制裁は経済制裁にとどまるという三つの弱点を抱えています。
東アジア・太平洋については、ワシントン会議で別の枠組みが作られました。
恐慌への対応が、国の道を分けた
世界恐慌とファシズム
ニューヨーク株式市場の暴落に始まる世界恐慌は、各国に連鎖しました。ここで対応が三つに分かれます。
①アメリカ——政府が経済に積極介入する方向へ進みました。
②広大な植民地を持つイギリス・フランス——本国と植民地で閉じた経済圏を作ります。
③植民地を持たない、あるいは失ったドイツ・イタリア・日本——対外進出によって活路を求めました。
持てる国と持たざる国の差が、体制の差になった——ここが恐慌からファシズムへの橋渡しです。
英仏の宥和政策がドイツの拡大を許し、独ソ不可侵条約を経て開戦に至ります。
反省が、次の制度に組み込まれた
第二次世界大戦と戦後構想
ポーランド侵攻で始まった戦争は、独ソ戦と太平洋戦争によって文字どおり世界規模になりました。
連合国は大西洋憲章で戦後構想を掲げ、ヤルタでの協議を経て戦後秩序を設計します。
生まれた国際連合には、連盟の弱点への修正が組み込まれました。大国が最初から参加し、安全保障理事会に権限を集中させ、武力制裁を可能にする——ただしその代償として、大国に拒否権が与えられます。
実効性と公平性の取引であり、この構造が冷戦期の機能不全を生むことになります。
混同しやすいところ
正誤判定の誤り選択肢は、ここを狙って作られます。
連盟=アメリカ不参加、全会一致、経済制裁のみ。連合=大国が参加、安全保障理事会と拒否権、武力制裁が可能。三点すべてが対になっているので、表にして覚えてください。
二月革命=帝政が倒れ、臨時政府とソヴィエトの二重権力。十月革命=ボリシェヴィキが権力を握り、戦線から離脱。「二月革命でレーニンが政権を握った」は誤りです。
戦時共産主義=内戦期の強制的な徴発。新経済政策=一部に市場を認めた方針転換。順序と内容が入れ替えられます。
ヴェルサイユ=ヨーロッパの戦後秩序。ワシントン=東アジア・太平洋の秩序で、海軍軍縮と日英同盟の解消を含みます。適用範囲が違います。
早稲田・明治・青山学院ではこう問われる
現代史は配点への寄与が最も大きい領域です。ここを仕上げきれるかで合否が変わります。
この単元は、入試でこう問われる
出題形式ごとに例題を用意しました。答えを見る前に、まず自分で書いてみてください。
二つの世界大戦について述べた文として誤っているものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。
- 第一次世界大戦は総力戦となり、女性の社会進出が進んだ。
- 国際連盟は、提唱国であるアメリカが参加しないまま発足した。
- パリ講和会議で掲げられた民族自決は、アジア・アフリカの植民地にも適用された。
- 国際連合では、安全保障理事会の常任理事国に拒否権が認められた。
解答と解説を見る
なぜ誤りか。民族自決が適用されたのは主として東欧であり、戦勝国が保有するアジア・アフリカの植民地には及びませんでした。この二重基準が、のちの民族運動の出発点になります。
この設問の型。原則の適用範囲を広げる型です。理念が掲げられたことと、それがどこまで実行されたかは別問題です。「掲げられた」と「適用された」を区別する——現代史ではこの区別が繰り返し問われます。
次の文中の空欄( A )〜( C )に入る最も適切な語句を答えよ。
ロシアでは、十月革命によって( A )の指導するボリシェヴィキが権力を握り、ドイツと単独講和して戦線を離脱した。内戦後には、一部に市場を認める( B )へ方針が転換された。一方、東アジア・太平洋の戦後秩序は( C )会議によって定められた。
解答と解説を見る
この設問の型。革命・経済政策・国際秩序という三つの層を一問で問う形式です。戦間期は複数の枠組みが並行するので、ヨーロッパはヴェルサイユ、東アジアはワシントンという住み分けを最初に固定してください。
上位校ではここが深くなる。「臨時政府と並立した組織は」(ソヴィエト)、「ワシントン会議で解消された同盟は」(日英同盟)まで問われます。
第一次世界大戦が総力戦となったことが、戦後の社会にどのような変化をもたらしたかを120字程度で説明せよ。
解答例と解説を見る
総力戦のもとで国民・経済・科学のすべてが動員され、男性の出征により女性が労働力として社会に進出した。国家が全国民に協力を求めた以上、戦後はその見返りとして政治的権利を認めざるを得ず、多くの国で女性参政権が実現し、労働者の地位も向上した。(117字)
採点者が探しているもの。加点の核心は「動員したから、応えざるを得なくなった」という論理です。「女性が働いた」「参政権が実現した」を並べるだけでは、両者のつながりが示されません。国家と国民のあいだの取引として書いてください。
よくある失点。戦争の悲惨さや被害の大きさを書いてしまうこと。設問は社会の変化を聞いているので、制度や権利の変化に絞ります。
国際連盟が抱えていた組織上の弱点と、それが国際連合においてどのように修正されたかを、140〜160字で説明せよ。
解答例と解説を見る
国際連盟は、提唱国アメリカが参加せず大国を欠いたうえ、議決が全会一致を要したため決定が困難であり、制裁も経済制裁にとどまって実効性を欠いた。国際連合ではこれを改め、大国が当初から加盟し、安全保障理事会に権限を集中させて武力制裁を可能にした。ただし常任理事国に拒否権が与えられ、大国が対立すれば機能しない構造も残った。
この設問の型。早稲田政治経済学部で毎年出る140〜160字の論述です。300字より短く、100字より長いこの字数帯は、要素を3つ入れて、それぞれを1文でまとめるのがちょうど収まります。
構成の作り方。設問が「弱点」と「修正」の二つを求めているので、まず弱点を3点(アメリカ不参加・全会一致・経済制裁のみ)挙げ、次に対応する修正を3点(大国参加・安保理への集中・武力制裁)書きます。対になっているので、順番を揃えて書くと読み手に伝わりやすくなります。
差がつく一文。最後の「ただし拒否権が与えられ、大国が対立すれば機能しない」——ここを書けるかどうかが上位答案の分かれ目です。設問は修正を聞いていますが、修正には代償があったことまで示すと、冷戦期の理解につながっていることが伝わります。字数に余裕があるときは、必ずこの一段を足してください。
時間配分。政治経済学部は試験時間60分の中に論述があります。要素を箇条書きで並べてから文にすると、書き直しが消えて所要時間が半分になります。いきなり文章から書き始めないでください。
次の①〜④の出来事を、年代の古いものから順に並べ替えよ。
- 国際連盟が発足した。
- ニューヨーク株式市場の暴落を機に世界恐慌が始まった。
- 独ソ不可侵条約が結ばれた。
- ロシアで十月革命が起こり、ボリシェヴィキが権力を握った。
解答と解説を見る
並べ方の筋道。大戦を基準線にすると確定します。④十月革命は第一次世界大戦の最中——だからロシアは戦線を離脱しました。①国際連盟の発足は大戦直後の戦後処理。②世界恐慌は戦間期の後半。③独ソ不可侵条約は第二次世界大戦の直前で、これによってドイツはポーランド侵攻に踏み切ります。
この設問の型。戦間期は出来事が密集するため整序で狙われます。「大戦中/直後/戦間期後半/次の大戦直前」という4つの箱を用意し、そこへ放り込む方法が最も速く正確です。
よくある失点。④を最後に置くこと。ロシア革命を「戦後の出来事」と思い込むと崩れます。革命が起きたから戦線を離脱した——因果で結んでおけば、大戦中だと確定できます。
早稲田は年代の正確さを問います。単純な語句選択より正誤問題が多く、年代や因果関係の正確な知識が問われるため、他大学より難度が高くなります。整序問題は、その正確さを直接測る形式です。
明治大学法学部は大問4題のうち大問3・4が記述式で、それぞれ150〜250字程度が課されます。ここでは2題連続で処理する形式を再現します。目標時間は合計25分。
設問A(150字程度) 第一次世界大戦が総力戦となったことにより、戦後の社会にどのような変化が生じたか説明せよ。
設問B(250字程度) 国際連盟が抱えた組織上の弱点を挙げ、それが国際連合においてどのように修正されたか、また修正に伴って生じた新たな問題は何かを説明せよ。
解答例と解説を見る
設問A(148字) 総力戦のもとで国民・経済・科学のすべてが動員され、男性の出征により女性が労働力として社会に進出した。国家が全国民に協力を求めた以上、戦後はその見返りとして政治的権利を認めざるを得ず、多くの国で女性参政権が実現し、労働者の地位も向上した。
設問B(243字) 国際連盟は、提唱国アメリカが参加せず大国を欠いたうえ、議決に全会一致を要したため決定が困難であり、制裁も経済制裁にとどまって実効性を欠いた。国際連合ではこれを改め、大国が当初から加盟し、安全保障理事会に権限を集中させて武力制裁を可能にした。しかしその代償として常任理事国に拒否権が与えられたため、大国が対立する場面では安全保障理事会が機能しないという新たな問題が生じ、冷戦期にはこの構造が繰り返し表面化した。
この形式の特徴。明治法学部は60分で大問4題、うち大問1・2がマークシート、大問3・4が記述です。記述が2題あるため、マーク2題をどれだけ速く終えられるかが記述の出来を左右します。
時間配分。マーク2題を合計20分で終え、記述2題に合計35分を残すのが目安です。150字に10分、250字に15分、見直し10分。記述から先に手をつける戦略もありますが、マークで確実な得点を先に確保するほうが安全です。
設問Bのような三段構成。「弱点」「修正」「新たな問題」と三つ要求されているので、答案も三つに割ります。250字なら各80字前後。設問が要求を列挙しているときは、その数がそのまま段落数だと考えてください。
漢字を書けるようにする。明治法学部の対策として繰り返し指摘されるのが、人名や事件を漢字で正しく書けるかです。記述の分量が多いため、選択問題なら正解できる語を書けずに落とすことが起こります。頻出語は一度手で書いて確認してください。
穴を作らない。法学部はあらゆる時代から出題され、近代史・現代史・文化史も含まれます。捨て単元を作らない方針が有効です。
※ 掲載している例題は、各大学の出題形式に合わせて日本世界史塾が作成したオリジナル問題です。実際の入試問題の転載ではありません。実際の過去問は、各大学が公表しているものや市販の過去問集でご確認ください。
通史を順番に読む
冷戦は、第二次世界大戦で並び立った二つの大国が、戦後の秩序をめぐって対立した構図です。戦時の協力関係がそのまま対立に転じた点を押さえてください。
「掲げられた」と「適用された」は違う。
現代史はこの区別が繰り返し問われます。
体験授業では、実際に書いていただいた答案をその場で添削します。
入塾を前提としたしつこい勧誘は一切行いません。