現代の文化を整理する|進歩への信頼が崩れたあと

現代の文化を整理する|進歩への信頼が崩れたあと
日本世界史塾編集部世界史専門オンライン個別指導担任制マンツーマン/全国・海外対応

現代の文化史は、作品名と人名を並べても点になりません。通すべき軸は「19世紀が当たり前としていた前提が、20世紀に一つずつ外れた」という一点です。進歩は善だという前提、現実は見えるとおりだという前提、時間と空間は誰にとっても同じだという前提——外れた前提の数だけ、新しい表現と思想が生まれました。この順で一本に通します。

「進歩は善である」という前提が外れた

一言でいうと2度の世界大戦をはさむ20世紀以降の学問・芸術・思想の総体。共通するのは、19世紀のヨーロッパが疑わなかった前提——進歩・客観的な現実・自国の文明の優位——が次々に外れ、その空白を何で埋めるかという課題への応答であるという点にある。
  1. 19世紀のヨーロッパは、科学と産業の発達が、そのまま暮らしの向上と人間の改善につながると考えていた。
  2. 万国博覧会は、その確信を並べて見せる催しであった。
  3. ところが第一次世界大戦では、最も工業の進んだ国どうしが、最も新しい技術を用いて4年余り殺し合った。
  4. 機関銃・毒ガス・戦車・航空機は、いずれも科学と工業の成果である。
  5. こうして「進んでいること」と「善いこと」は別だと、多くの人が同時に思い知った。
  6. 戦勝国でも喪失感は深く、1920年代の繁栄のなかでも、以前の楽観はそのままの形では戻らなかったとされる。
  7. 第二次世界大戦は、組織的な大量殺害原子爆弾という形で、その疑いを決定的なものにした。
  8. 以後の文化は、失われた確実さの代わりに何を置くかという問いへの応答という性格を帯びた。

大きな災厄が文化の前提を揺さぶった例は、これが最初ではありません。黒死病のあとのヨーロッパでは死の舞踏が繰り返し描かれ、18世紀のリスボンの大地震「この世界は最善につくられている」という当時の楽観への疑いを広げたとされます。ただし決定的な違いは規模ではなく原因の所在です。疫病も地震も自然が与えたものですが、20世紀の惨禍は、人間が理性的に計画し、組織した結果として起こりました。だから疑いの矛先は、自然ではなく理性そのものへ向かったのです。

背景を問われたら「何が失われたか」から書く文化の背景を説明する設問では、先に失われたものを名指ししてください「19世紀のヨーロッパは科学と産業の進歩が人間を良くすると信じていたが、その進歩が生んだ技術によってかつてない規模の死者が出たため、進歩と善を結ぶ考えが揺らいだ」——この一文を置くだけで、以下に挙げるすべての潮流が同じ根から説明できます。日本世界史塾では、現代文化史をこの一文の展開として教えています。
大戦を万能の原因にしない写実から離れる動きは、大戦より前に始まっています。印象派は19世紀後半であり、キュビスムが現れたのも第一次世界大戦の前です。「大戦が芸術を変えた」とだけ書くと、年代の順序が逆になる場面が出ます。正確には「19世紀末から進んでいた動きが、大戦によって加速し、意味づけを変えられた」変化の開始と加速を分けて書くのが安全です。

見えるとおりに描くのをやめた — 写真が奪った仕事

  1. 19世紀に写真が広まると、目に見えるものを正確に写すという役目を、絵画が独占できなくなった。
  2. そこで絵画は、写真にはできないことを探す方向へ動き出した。
  3. 印象派は、対象そのものではなく光と色が目に届く一瞬を描いた。
  4. 続く画家たちは、見えた姿を写すのではなく形を単純な立体としてとらえ直す試みへ進んだ。
  5. ピカソブラックによるキュビスムは、一つの視点から見た姿を描くという約束事そのものを捨て、複数の面を同じ画面に並べた。
  6. ダダは大戦のさなかに現れ、戦争を生んだ文明の価値を、意味を壊すことで拒んだ
  7. シュルレアリスムは、フロイトの精神分析が示した無意識に手がかりを求め、夢のような光景を描いた。
  8. 絵画の関心は外の世界の再現から、見ることや心の仕組みそのものへ移った。
潮流 位置 何を拒んだか 背景
印象派 19世紀後半 固定した輪郭と色 写真の普及、都市の生活
キュビスム 大戦前 一つの視点 見ることの約束事への疑い
ダダ 大戦中 意味と伝統そのもの 戦争への嫌悪
シュルレアリスム 1920年代 理性による統制 無意識への関心
抽象絵画 20世紀前半 描く対象そのもの 色と形だけで成り立たせる試み

ピカソの『ゲルニカ』は、スペイン内戦のさなかにドイツの航空部隊がバスク地方の都市を爆撃したことを主題とし、パリの万国博覧会のスペイン館のために制作されました。ここで押さえるべきなのは、抽象的に見える表現が、きわめて具体的な事件への抗議として描かれたという点です。写実をやめることと、現実から離れることは別だ——この区別ができているかどうかで、文化史の答案の説得力が変わります。

作品は「どの戦争の、どの場面か」で覚える①スペイン内戦 ②ドイツとイタリアがフランコ側を支援 ③イギリスとフランスは不干渉の立場をとった——『ゲルニカ』はこの3点と同時に思い出してください。内戦には各国から国際義勇軍が加わり、ヘミングウェーやオーウェルといった作家も現地にかかわって作品を残しました。作品名だけを覚えると得点になりませんが、事件と結びつけた瞬間に、政治史の知識がそのまま文化史の得点に変わります。
「似せない絵」自体は新しくない中国の文人画は、対象に似せることを第一の目的としませんでした。宋以降の士大夫にとって、絵は技術の誇示ではなく描き手の精神を示すものだったからです。したがって「写実的でない絵」は、世界史のなかでは珍しくありません。20世紀の西欧で衝撃だったのは、ルネサンス以来数百年続いた遠近法という約束事を、担い手自身が壊したという点にあります。何を壊したのかまで書いて、初めて比較として成立します。
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絶対の時間が消えた — 相対性理論と量子論

  1. 19世紀までの物理学はニュートンの体系を土台とし、時間と空間は誰にとっても同一であるという前提の上に立っていた。
  2. この体系は天体の運行から機械の設計までを説明でき、世界は法則で見通せるという自信の源であった。
  3. 19世紀末、光の速さの測定など、既存の枠組みでは説明しにくい結果が積み重なった。
  4. アインシュタイン特殊相対性理論は、観測する側の運動によって、時間の進み方や長さが変わるとした。
  5. 続く一般相対性理論は、重力を時間と空間のゆがみとして説明した。
  6. 一方、プランクに始まる量子論は、エネルギーがとびとびの値をとることを示し、微視的な世界は確率によってしか記述できないという理解へ進んだ。
  7. その結果、自然の姿は日常の感覚から遠ざかり、専門の訓練を受けた者にしか扱えないものになった。
  8. さらに、これらの成果が原子爆弾へつながったことで、科学者自身の責任という新しい問題が生じた。
16〜17世紀の科学革命 20世紀の物理学
示したこと 世界は単純な法則で説明できる 日常の直観は微視的な世界に通じない
人々に与えたもの 理性への自信 確実さの後退
社会への波及 啓蒙思想と進歩の観念 専門家への依存と、科学の責任
代表 コペルニクス・ガリレイ・ニュートン アインシュタイン・プランク

科学者が自らの成果の使われ方を問題にしたのも、この時代の新しさです。第二次世界大戦後には、核兵器の危険を科学者自身が訴える動きが生まれ、アインシュタインも晩年にこれにかかわりました。知識は中立だが、その使い道は中立ではない——19世紀には成り立っていた「研究は進めば進むほどよい」という前提も、ここで外れています。

科学史も「外れた前提」で書く「相対性理論は、時間と空間が誰にとっても同じであるという前提を外した」「量子論は、すべてが確定した値をもつという前提を外した」——成果ではなく、外れた前提の側から説明すると、科学史が文化史・思想史と一続きになります。科学革命が理性への自信を与えたのに対し、20世紀の物理学は確実さを一段引き下げた。この対比を1文で書ければ、時代をまたぐ設問に強くなります。
相対性理論を「何でも相対的」と読まない相対性理論は「価値観は人それぞれだ」という主張ではありません。むしろ誰が測っても光の速さは一定であるという強い前提から出発し、観測する側によらず成り立つ法則を求めた理論です。文化や価値の相対化と同じ時期に現れたため両者はしばしば並べて語られますが、因果としてつなぐ書き方は避けてください「同じ時期に、別々の分野で、確実さを問い直す変化が起きた」という並置にとどめるのが正確です。

意味は与えられない — 実存主義と、冷戦が競った暮らしの見本

意味を選択で作るという発想

  1. 神も歴史も進歩も人生の意味を保証しないなら、意味はどこから来るのかという問いが残る。
  2. 実存主義は、人間にはあらかじめ決まった本質があるのではなく、選択の積み重ねによって自分が何であるかが決まると考えた。
  3. キェルケゴールニーチェが先駆とされ、ヤスパースハイデガーを経て、第二次世界大戦後に広く読まれた。
  4. サルトルは、選択が自由であることは同時に責任から逃れられないことを意味すると説いた。
  5. そこから、知識人は社会の問題に自ら関与すべきだという主張が導かれた。
  6. カミュは、世界が意味を与えてくれないという条件のもとでそれでもどう生きるかを問うた。
  7. 独裁への抵抗や植民地の独立をめぐる論争のなかで、これらの思想は現実の争点と結びついた。
  8. 与えられた意味の不在から出発する点が、進歩を前提にした19世紀の思想との決定的な違いである。

体制が競ったのは、思想より暮らしだった

西側 東側
示したかったもの 豊かで自由な暮らし 格差のない計画的な社会
広がった文化 映画・ジャズ・大量消費 国家が支える演劇・音楽・スポーツ
芸術の扱い 抽象的な表現も自由の証しとされた 社会主義リアリズムが方針とされた
競争の舞台 博覧会・国際放送・宇宙開発 同じ舞台で対抗

1950年代以降にテレビが家庭へ入ると、遠くの出来事が映像として、ほぼ同時に届くようになりました。公民権運動ベトナム戦争をめぐって世論が動いたのは、この条件と切り離せません。ただし可視化には偏りがあります。カメラが入った場所は争点になり、入らなかった場所は問われないまま残る——映像は世論を作るが、何を映すかを決めるのは送り手であるという留保まで書けると、メディアを扱う設問で差がつきます。

実存主義は「第二次世界大戦後」とセットで書く実存主義が広く読まれたのは、大戦と占領下の抵抗の経験を通ったあとです。「進歩も神も意味を保証しないなら、意味は自分の選択によって作るほかない」——この1文で、思想の中身と時代の条件を同時に説明できます。人名(サルトル・カミュ)と時期(第二次世界大戦後)と背景(確実さの喪失)を三つ組で覚えてください。
体制が違っても、前衛は同じように嫌われたソ連では社会主義リアリズムが公式の方針とされ、抽象的な表現は退けられました。ナチス=ドイツも近代美術を「退廃」と呼んで排斥したとされます。敵対する二つの体制が、同じ種類の芸術を、ほぼ同じ理由で嫌ったのです。大衆に一目で伝わる形で理想を示したい体制にとって、解釈を要する表現は邪魔だったから——「芸術統制は左右を問わず似る」という比較は、論述で強く効きます。

入試で狙われるポイント総覧

  • 軸=19世紀の前提(進歩・客観的な現実・絶対の時間)が外れたことへの応答
  • 第一次世界大戦=最も新しい技術が最大の死をもたらし、進歩と善を結ぶ考えが崩れた
  • 写実からの離脱は写真の普及に始まり、キュビスムは大戦前——開始と加速を分ける
  • ピカソとブラックのキュビスムダダフロイトの影響を受けたシュルレアリスム
  • ピカソの『ゲルニカ』=スペイン内戦。ドイツ・イタリアの介入と、英仏の不干渉の立場
  • アインシュタインの相対性理論プランクに始まる量子論=前提が外れた科学
  • 実存主義=サルトル・カミュ。第二次世界大戦後に広く読まれた
  • 冷戦は暮らしの見本を競う争いでもあり、東側では社会主義リアリズムが方針とされた
  • テレビの普及が公民権運動ベトナム戦争への世論を動かした(映す側の選択という留保)
共通テストでの出方「キュビスムは第一次世界大戦後に始まった」は不正確(大戦前に現れている)。「『ゲルニカ』はドイツによるポーランド侵攻を描いた」は誤り(スペイン内戦中の、ドイツの航空部隊による都市への爆撃)。「量子論は微視的な世界を確定した値で記述する理論」も誤り(確率による記述へ進んだ)。始まった時期と、作品が指す事件の2つが、この単元の失点の中心です。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 第一次世界大戦が19世紀的な進歩の観念に与えた影響を一言で。
A. 最も新しい技術が大量の死をもたらし、進歩と善を結ぶ考えが揺らいだこと
Q2. キュビスムを始めた画家を2人答えよ。
A. ピカソとブラック
Q3. ピカソの『ゲルニカ』が主題とした出来事を答えよ。
A. スペイン内戦のさなかに起きた、ドイツの航空部隊によるバスク地方の都市への爆撃
Q4. 相対性理論と量子論が外した前提を、それぞれ答えよ。
A. 時間と空間が誰にとっても同一であるという前提と、すべてが確定した値をもつという前提
Q5. 実存主義の代表的な思想家を2人と、広く読まれた時期を答えよ。
A. サルトルとカミュ。第二次世界大戦後
Q6. ソ連で公式の方針とされた芸術の立場を答えよ。
A. 社会主義リアリズム

よくある質問

現代の文化史は、どこから手をつければよいですか?
作品からではなく、外れた前提から入ってください。進歩は善だ、現実は見えるとおりだ、時間と空間は誰にとっても同じだ——この3つが順に崩れたと押さえれば、絵画も科学も思想も同じ枠に収まります。
抽象的な絵画は、入試でどう扱えばよいですか?
必ず具体的な事件と結びつけて書いてください。『ゲルニカ』はスペイン内戦への抗議として描かれました。写実をやめることと現実から離れることは別だ、という区別が答案では効きます。
相対性理論を文化史のなかで書いてもよいですか?
並置にとどめるのが安全です。相対性理論は価値の相対主義とは別物で、誰が測っても成り立つ法則を求めた理論です。因果でつなぐのではなく、同じ時期に別の分野で確実さが問い直された、と書いてください。
冷戦と文化は、どうつながるのですか?
どちらの体制が良い暮らしを実現できるかを見せ合う競争として理解してください。博覧会・国際放送・宇宙開発・スポーツがその舞台であり、東側では芸術に社会主義リアリズムが求められました。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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