アメリカ大陸史の完全まとめ|流れ・重要用語・入試頻出ポイント総覧

アメリカ大陸史は、先住民文明・植民地・独立・南北戦争・大国化という5つの段階で整理できます。とくに「なぜアメリカ合衆国は19世紀後半に急速に工業化できたのか」は論述の定番。南北戦争と国内市場の統一という因果を押さえれば、20世紀の覇権まで一本でつながります。
先住民文明とヨーロッパの征服
| 文明 | 地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| マヤ文明 | ユカタン半島 | 二十進法、精密な暦、マヤ文字、ピラミッド状神殿 |
| アステカ王国 | メキシコ高原 | 都テノチティトラン。コルテスに滅ぼされる(1521年) |
| インカ帝国 | アンデス高地 | 都クスコ、マチュ=ピチュ、記録手段キープ(結縄)。ピサロに滅ぼされる(1533年) |
スペインはエンコミエンダ制(先住民の統治とキリスト教化を委ねる代わりに労働力の使用を認める)で銀山や農園を経営しました。過酷な労働と疫病で先住民が激減したため、アフリカから黒人奴隷が輸入され、大西洋三角貿易が成立します。ラス=カサスがこの実態を告発しました。
ポトシ銀山などの銀はヨーロッパへ流れて価格革命を起こし、さらにアジアへも流出して明の一条鞭法を可能にしました。アメリカ大陸の銀が世界経済を動かしたという視点は必ず押さえてください。
13植民地とアメリカ独立革命
- イギリスは北米東岸に13植民地を築いた。北部は商工業、南部はプランテーション(タバコ・のち綿花)と黒人奴隷という性格の違いがあった。
- 七年戦争(フレンチ=インディアン戦争)でイギリスは勝利したが財政難に陥り、植民地への課税を強化した。
- 印紙法に対し「代表なくして課税なし」と反発。茶法に対してはボストン茶会事件(1773年)が起きた。
- 1775年、武力衝突が始まり、翌1776年に独立宣言(トマス=ジェファソン起草、ロックの社会契約説・抵抗権の影響)を発表。
- フランス・スペイン・オランダが植民地側を支援し、ロシアなどは武装中立同盟を結成。イギリスは国際的に孤立した。
- 1783年、パリ条約で独立が承認され、ミシシッピ川以東の土地も獲得した。
- 1787年、合衆国憲法を制定。連邦主義・三権分立・人民主権を採用し、初代大統領にワシントンが就任した。
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領土拡大と南北戦争
19世紀のアメリカは、西へ膨張し続けます。「明白な天命(マニフェスト=デスティニー)」という言葉がこれを正当化しました。
- ミシシッピ以西のルイジアナをフランスから購入
- フロリダをスペインから購入、テキサス併合、アメリカ=メキシコ戦争でカリフォルニアなどを獲得
- 先住民は強制移住法により追われ、「涙の道」と呼ばれる悲劇が起きた
- モンロー宣言(1823年)で、ヨーロッパとアメリカ大陸の相互不干渉を主張
- 1890年ごろ、フロンティアの消滅が宣言され、以後は海外へ進出(アメリカ=スペイン戦争、フィリピン領有、門戸開放宣言)
拡大は同時に、北部と南部の対立を激化させました。新しい州を自由州とするか奴隷州とするかが、そのたびに争点になったからです。
| 北部 | 南部 | |
|---|---|---|
| 経済 | 商工業 | 綿花プランテーション |
| 奴隷制 | 反対 | 存続を主張 |
| 貿易政策 | 保護貿易(国内産業を守る) | 自由貿易(綿花をイギリスへ売る) |
| 政治 | 連邦主義(中央政府の権限強化) | 州権主義 |
- 奴隷制拡大に反対するリンカンが大統領に当選すると、南部諸州が連邦を離脱しアメリカ連合国を結成。
- 1861年、南北戦争が勃発。当初は南部が優勢だった。
- リンカンはホームステッド法(西部の土地を無償提供)で西部の支持を集め、奴隷解放宣言(1863年)で国際世論を味方につけた。
- ゲティスバーグの戦いを転機に北部が優勢となり、1865年に北部が勝利した。
ラテンアメリカの独立と、その後
- ナポレオンによる本国(スペイン)占領が、植民地の独立運動の好機となった。
- ハイチが黒人による最初の共和国として独立(トゥサン=ルヴェルチュールの運動を経て)。
- シモン=ボリバル(北部)とサン=マルティン(南部)が各地を解放し、多くの共和国が誕生した。
- ブラジルはポルトガル王子が皇帝となる形で、平和的に帝国として独立した。
- イギリスは市場拡大を狙って独立を支持し、アメリカはモンロー宣言で列強の干渉に反対した。この2国の姿勢が独立を可能にした。
しかし独立後も、大地主による大土地所有(ラティフンディオ)とモノカルチャー経済が続き、政治的にもカウディーリョ(軍事的な地方実力者)による不安定な支配が長引きました。「政治的独立と経済的自立は別」という点が論述で問われます。
20世紀に入るとアメリカ合衆国の影響力が強まり、パナマ運河の建設、棍棒外交、のちの善隣外交と、支配の形を変えながら関与が続きました。
入試で狙われるポイント総覧
- アステカ=コルテス/インカ=ピサロ
- エンコミエンダ制とラス=カサスの批判
- 独立宣言はジェファソン起草、ロックの影響
- モンロー宣言(1823年)=相互不干渉
- 南北の対立軸=奴隷制・貿易政策・連邦か州権か
- ホームステッド法と奴隷解放宣言
- 戦後、国内市場の統一により急速に工業化
- ラテンアメリカ=シモン=ボリバル・サン=マルティン、独立後もモノカルチャーが続いた
- Q1. アステカ王国とインカ帝国を滅ぼした人物をそれぞれ答えよ。
- A. コルテスとピサロ
- Q2. 独立宣言を起草した人物と、影響を与えた思想家は。
- A. トマス=ジェファソン、ロック
- Q3. 1823年に相互不干渉を主張した宣言は。
- A. モンロー宣言
- Q4. 南北戦争で南部が主張した貿易政策は。
- A. 自由貿易
- Q5. リンカンが西部の支持を集めるために制定した法は。
- A. ホームステッド法
- Q6. ラテンアメリカ独立を主導した2人の指導者を答えよ。
- A. シモン=ボリバルとサン=マルティン
よくある質問
- なぜ少数のスペイン人が大帝国を滅ぼせたのですか?
- 鉄器・馬・銃という軍事的優位に加え、持ち込まれた疫病による人口の激減が決定的でした。また現地の被支配部族を味方につけた点も大きな要因です。
- アメリカ独立革命は市民革命ですか?
- 両面あります。植民地の独立戦争であると同時に、共和政と人権の理念を掲げた市民革命でもありました。ただし奴隷制の存続という限界も併記してください。
- 南北戦争の原因は奴隷制だけですか?
- 違います。奴隷制・貿易政策(保護貿易か自由貿易か)・連邦主義か州権主義かという3つの対立軸があり、これらが経済構造の違いから生じていました。
- ラテンアメリカは独立後に発展しましたか?
- 政治的には独立しましたが、大土地所有とモノカルチャー経済が続き、経済的な自立は進みませんでした。「政治的独立と経済的自立は別」という点が問われます。
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