産業革命とは?なぜイギリスから始まったのか

産業革命とは?なぜイギリスから始まったのか
日本世界史塾編集部世界史専門オンライン個別指導担任制マンツーマン/全国・海外対応

産業革命は、18世紀後半のイギリスで始まった生産技術と社会の根本的な変化です。入試で最も問われるのは発明品の名前ではなく、「なぜイギリスだったのか」という条件の組み合わせと、「その結果、社会に何が生まれたか」(労働問題・社会主義・帝国主義)です。

産業革命とは(定義と意義)

一言でいうと18世紀後半のイギリスに始まる、機械制工場による大量生産への転換と、それにともなう社会構造の変化。人類が人力・畜力・水力から化石燃料(石炭)へエネルギー源を移した点で、農業の開始に次ぐ転換とされる。

「革命」と呼ばれるのは、生産のしくみだけでなく、人々の生き方・住む場所・時間の感覚まで変わったからです。農村で日の出とともに働く生活から、都市の工場で時計に従って働く生活へ——この変化が近代社会をつくりました。

なぜイギリスだったのか — 5つの条件

  1. 資本の蓄積大西洋三角貿易と海外植民地からの利益が、リヴァプールやブリストルに巨額の資本を生んだ。
  2. 労働力第2次囲い込み(エンクロージャー)で農地を追われた農民が都市へ流入し、賃金労働者となった。第1次が牧羊のためだったのに対し、第2次は穀物増産のためである点が頻出。
  3. 資源石炭と鉄鉱石が国内に豊富に存在し、しかも近接していた。
  4. 市場 — 広大な海外植民地が製品の売り先となった。とくにインドは綿製品の市場となる。
  5. 政治的安定と技術名誉革命以降の議会政治で私有財産が保護され、特許制度が発明を促した。
ここは必ず組み合わせで書く1つの条件だけでは説明になりません。「資本・労働力・資源・市場・制度の5つが同時に揃ったのはイギリスだけだった」と書くのが正解です。単に「植民地が多かったから」では減点されます。
農業革命との関係ノーフォーク農法(四輪作法)による農業革命が食料生産を増やし、人口増加を支えたことも重要です。農業の生産性向上が、農村人口を工業へ解放したという因果を押さえてください。
世界史の学習情報をLINEで受け取る

年号の覚え方・論述の型・入試分析を無料で配信しています。

LINE友だち追加(無料)

技術の展開 — 綿工業から動力・交通へ

産業革命は綿工業から始まりました。インド産綿布(キャラコ)の人気に対抗するためです。

分野 発明 人物
紡績・織布 飛び杼 ジョン=ケイ
ジェニー紡績機 ハーグリーヴズ
水力紡績機 アークライト
ミュール紡績機 クロンプトン
力織機 カートライト
動力 蒸気機関の改良 ワット
製鉄 コークス製鉄法 ダービー
交通 蒸気機関車 スティーヴンソン
蒸気船 フルトン

決定的だったのはワットによる蒸気機関の改良です。水力に頼らなくなったことで、工場を川辺から都市へ移せるようになりました。動力の自由が都市の工業化を生んだのです。

さらに鉄道と蒸気船が原料と製品を高速・大量に運べるようにし、世界の一体化を加速させました。産業革命は技術の連鎖——ある分野の改良が別の分野の需要を生む——として広がりました。

結果① 社会の変化と労働問題

  • 産業資本家賃金労働者という新しい2つの階級が生まれた
  • マンチェスター・バーミンガムなどの工業都市が急成長し、住環境が悪化
  • 長時間労働・低賃金・女性と子どもの労働が広がった
  • 機械に仕事を奪われた職人によるラダイト運動(機械打ちこわし)が発生
  • 工場法の制定(児童労働の制限など)で労働条件の改善が始まる
  • 労働者が団結する労働組合が合法化され、チャーティスト運動(人民憲章、普通選挙などを要求)が起きた

この現実への批判から社会主義が生まれます。オーウェンら初期社会主義者の実践を経て、マルクスエンゲルスが『共産党宣言』で階級闘争による社会変革を説きました。産業革命がなければ社会主義は生まれなかった——この因果は論述で必須です。

選挙法改正との接続工業都市の成長は「腐敗選挙区」(人口が減ったのに議席を持つ選挙区)の問題を生み、第1回選挙法改正(1832年)につながりました。産業革命は政治制度の改革をも引き起こしたのです。

結果② 世界への波及と帝国主義

  1. イギリスは「世界の工場」となり、自由貿易を主張するようになった(穀物法廃止航海法廃止)。
  2. 各国も追随。ベルギー・フランス → ドイツ・アメリカ → ロシア・日本の順に工業化が進む。後発国では国家主導で行われた点が特徴。
  3. 19世紀後半、石油と電気、鉄鋼と化学を中心とする第2次産業革命が起こり、ドイツとアメリカが台頭する。
  4. 大量生産のために原料供給地と製品市場が必要となり、列強はアジア・アフリカの植民地化を進めた=帝国主義
  5. 工業製品の流入は、インドの手工業を破壊するなど非ヨーロッパ地域の経済を従属化させた。

つまり産業革命は、ヨーロッパの内部で階級社会を生み、外部では植民地支配を生んだのです。「産業革命の影響」を問われたら、国内(労働問題・社会主義・選挙法改正)と国外(自由貿易・帝国主義・従属化)の両方を書いてください。

難関大での問われ方一橋大では「イギリスの自由貿易政策が世界に与えた影響」、東大では「工業化の地域差とその帰結」といった形で出題されます。先発国(イギリス)と後発国(ドイツ・日本)の工業化の違い——民間主導か国家主導か——を対比できると強い答案になります。日本世界史塾では、この比較を近代論述の中心テーマとして扱います。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 産業革命が最初に始まった国と産業は。
A. イギリス、綿工業
Q2. 第2次囲い込みの目的は何か。
A. 穀物の増産(第1次は牧羊のため)
Q3. 蒸気機関を改良した人物は。
A. ワット
Q4. 蒸気機関車を実用化した人物は。
A. スティーヴンソン
Q5. 機械の打ちこわし運動を何というか。
A. ラダイト運動
Q6. 労働者が普通選挙などを求めた運動と、その要求文書は。
A. チャーティスト運動、人民憲章

よくある質問

なぜイギリスから産業革命が始まったのですか?
資本(三角貿易の利益)・労働力(第2次囲い込み)・資源(石炭と鉄)・市場(植民地)・制度(議会政治と特許)の5条件が同時に揃った唯一の国だったからです。1つの条件だけでは説明になりません。
第1次と第2次の囲い込みの違いは?
第1次は牧羊のため(毛織物工業向け)、第2次は穀物増産のためです。第2次は議会の承認を得て合法的に進められ、農民が土地を失って都市の賃金労働者となりました。
産業革命と社会主義はどう関係しますか?
産業革命が生んだ長時間労働・低賃金・貧困という現実への批判から社会主義が生まれました。オーウェンらを経て、マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を著します。
第2次産業革命とは何ですか?
19世紀後半に始まる、石油と電気を動力とし、鉄鋼・化学工業を中心とする段階です。この局面ではドイツとアメリカが先行し、イギリスの優位が揺らぎました。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

講師紹介をくわしく見る

世界史を「暗記科目」から「得点源」に変える

日本世界史塾は、担任制マンツーマンの世界史専門オンライン塾です。
まずは体験授業で、あなたの答案と勉強法を直接診断します。

体験授業に申し込む(3,300円・税込)
入塾を前提とした勧誘は行いません/全国・海外から受講可


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です