この単元の位置づけ
単元15の終盤、戦後秩序を設計した米ソが、そのまま対立の当事者になります。全16単元の最後にあたるこの単元は、現在のニュースに直結する内容でもあります。早稲田・青山学院ではとくに出題が多く、仕上げきれるかどうかが得点差になります。
援助と機構が、対になって作られた
冷戦の形成
アメリカが共産主義の拡大を封じ込める方針を打ち出し、ヨーロッパ復興のための経済援助を行うと、ソ連側もこれに対応する組織を作りました。経済面でも軍事面でも、一方が作れば他方が対を作るという形で陣営が固まっていきます。軍事的には北大西洋条約機構とワルシャワ条約機構が向かい合いました。分断が最も可視化されたのがドイツで、東西に分かれ、やがてベルリンに壁が築かれます。
ヨーロッパで冷たく、アジアで熱かった
アジアの熱戦
ここが冷戦を理解する最重要点です。米ソが直接戦えば核戦争になるため、両者は正面衝突を避けました。その結果、対立は第三国での代理戦争という形をとります。中華人民共和国の成立に続き、朝鮮半島とベトナムで大規模な戦争が起きました。ヨーロッパで「冷たい戦争」と呼ばれたものは、アジアでは実際の戦争だった——この非対称を論述で書けるかどうかが差になります。
独立しても、構造は残った
脱植民地化と第三世界
大戦後、アジア・アフリカで多くの国が独立します。インドは独立と同時に宗教の違いによって分離し、アフリカでは多数の国が一挙に独立しました。しかし独立は問題の解決ではありませんでした。植民地時代に引かれた国境が民族分布と一致せず紛争の原因となり、単一の一次産品に依存する経済構造も残ったからです。米ソどちらの陣営にも属さない立場を掲げる会議が開かれ、第三世界という枠組みが形成されます。
二極が、崩れはじめた
緊張緩和と多極化
キューバをめぐる危機で核戦争が現実味を帯びたことは、逆に緊張緩和のきっかけになりました。核実験を制限する条約が結ばれ、対話の回路が作られます。同時に陣営内部も一枚岩ではなくなりました。西側ではフランスが独自路線をとり、東側では中国とソ連が対立します。西ドイツは東側との関係改善に動き、アメリカは中国との関係を転換しました。二極構造から多極化へという流れです。
内側からの改革が、体制ごと終わらせた
冷戦の終結と冷戦後
ソ連で始まった改革は、情報公開と対外関係の見直しを伴い、東欧諸国の体制転換を引き起こしました。ベルリンの壁が崩れ、米ソ首脳が冷戦の終結を確認し、やがてソ連自体が解体します。しかし冷戦の終結は平和の到来ではありませんでした。米ソの対立によって抑え込まれていた民族対立や地域紛争が、抑えを失って噴出したからです。一方でヨーロッパでは統合が進み、経済のグローバル化が加速しました。
混同しやすいところ
正誤判定の誤り選択肢は、ここを狙って作られます。
経済援助・経済機構・軍事同盟のいずれも西側と東側が対になっています。名称だけ覚えて陣営を取り違えると、まとめて失点します。三つの層を左右二列の表にしてください。
ペレストロイカ=立て直し(改革)。グラスノスチ=情報公開。同じ時期の政策なので入れ替えられます。改革を進めるために情報公開が必要だった、という順序で覚えてください。
米ソ首脳が冷戦の終結を確認したことと、ソ連という国家が解体したことは別の出来事で、時期も異なります。「冷戦終結と同時にソ連が消滅した」は誤りです。
独立は達成されても、国境線の問題と経済的従属は残りました。「独立によって植民地時代の問題は解消された」という選択肢は誤りです。
早稲田・明治・青山学院ではこう問われる
現代史は多くの受験生が手薄なまま本番を迎える領域です。そのぶん、ここを仕上げると差がつきます。
この単元は、入試でこう問われる
出題形式ごとに例題を用意しました。答えを見る前に、まず自分で書いてみてください。
冷戦とその後の世界について述べた文として誤っているものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。
- ヨーロッパでは米ソの直接的な戦闘は起こらなかったが、アジアでは大規模な戦争が起きた。
- アジア・アフリカ諸国の独立により、植民地時代に引かれた国境をめぐる問題は解消された。
- キューバをめぐる危機の後、核実験を制限する条約が結ばれた。
- 冷戦の終結後、それまで抑えられていた民族対立や地域紛争が各地で表面化した。
解答と解説を見る
なぜ誤りか。独立後も、植民地時代に列強が引いた国境線は多くがそのまま残り、民族分布と一致しないことが紛争の原因になりました。経済的な従属構造も継続します。独立=問題の解決、という思い込みを突く選択肢です。
この設問の型。望ましい出来事に「これで解決した」という結末を貼り付ける型です。単元07のカノッサの屈辱と同じ構造で、世界史の正誤問題では繰り返し使われます。「解消された」「終結した」「実現した」といった完了の表現を見たら疑う——これを習慣にしてください。
次の文中の空欄( A )〜( C )に入る最も適切な語句を答えよ。
西側諸国は集団防衛のために( A )を結成し、東側もこれに対抗する軍事機構を設けた。1980年代のソ連では、( B )と呼ばれる改革が進められ、情報公開もあわせて行われた。その後、東西ドイツを隔てていた( C )が崩壊した。
解答と解説を見る
この設問の型。軍事・改革・象徴という三点を問う形式です。冷戦は「対になっているもの」で覚えると効率がよく、Aが答えられればその対も自動的に思い出せます。
上位校ではここが深くなる。「情報公開を意味する語は」(グラスノスチ)、「米ソ首脳が冷戦終結を確認した会談は」(マルタ会談)まで問われます。
冷戦期において、ヨーロッパでは米ソの直接的な戦闘が起きなかった一方、アジアでは大規模な戦争が生じた理由を120字程度で説明せよ。
解答例と解説を見る
米ソはともに核兵器を保有しており、直接衝突すれば全面核戦争に至る恐れがあったため、正面からの戦闘を避けた。その一方で、脱植民地化にともない政治体制が定まっていなかったアジアでは、両陣営がそれぞれの側を支援したため、代理戦争という形で大規模な戦闘が生じた。(125字)
採点者が探しているもの。加点の核心は「核があるから直接戦えない」→「だから周辺で戦う」という因果です。ヨーロッパとアジアの状況を並べるだけでは、なぜ非対称になったのかが説明されません。抑止と代理という二つの語で結んでください。
よくある失点。個々の戦争の経過を書いてしまうこと。設問は理由を聞いているので、戦争の中身ではなく構造を書きます。
設問1 冷戦期の国際関係について述べた次のア〜エのうち、正しいものを一つ選べ。
- アメリカによるヨーロッパ復興のための経済援助に対抗して、ソ連を中心とする側も経済協力の機構を設けたが、軍事同盟については西側のみが結成し、東側は最後まで正式な軍事機構を持たなかった。
- キューバをめぐる危機は米ソの直接衝突の危険を高めたが、この経験はかえって両国間の対話を促し、核実験を制限する条約の締結につながった。
- 中国とソ連は社会主義国どうしとして一貫して協調関係を保ち、東側陣営の内部では冷戦期を通じて深刻な対立は生じなかった。
- 冷戦の終結が確認された会談と同時にソ連は解体され、東欧諸国の体制転換もその後に始まった。
設問2 冷戦終結後に地域紛争が表面化した理由を、30字以内で説明せよ。
解答と解説を見る
アが誤り。前半は正しいのですが、後半の「東側は正式な軍事機構を持たなかった」が誤りです。東側もワルシャワ条約機構という軍事同盟を結成しています。
ウが誤り。中国とソ連は対立しました。「一貫して」「深刻な対立は生じなかった」という言い切りが誤りを作っています。
エが誤り。東欧諸国の体制転換は冷戦終結の確認より前に進んでおり、ソ連の解体も会談と同時ではありません。時系列がまとめてずらされています。
設問2の解答例。米ソの対立に抑えられていた民族対立が抑制を失ったため。(29字)
社会科学部の正誤問題への対処法。社学の選択肢は長く、正しい記述の中に誤りが一箇所だけ埋め込まれます。アがその典型で、前半だけ読むと正しいので、そこで判断すると落とします。選択肢を句点や読点で区切り、一節ずつ真偽を判定してください。長い選択肢ほど、後半に仕掛けがあります。
言い切りの表現に印をつける。ウの「一貫して」、エの「同時に」のように、断定を強める語ほど誤りの目印になります。世界史で「例外なくそうだった」という事象はほとんどありません。
誤答の選択肢こそ復習する。社学対策として推奨されるのは、正解した問題でも誤答選択肢の内容を確認することです。誤りの作られ方には型があり、その型を集めることがそのまま対策になります。この単元ページの「混同しやすいところ」は、まさにその型の一覧です。
30字論述について。近年は短い論述も出題されます。30字では因果を一本だけ書きます。修飾も具体例も入りません。「何が」「どうなったから」の二要素に絞ってください。
次の①〜④の出来事を、年代の古いものから順に並べ替えよ。
- ベルリンの壁が築かれた。
- 朝鮮戦争が始まった。
- ソ連が解体した。
- キューバをめぐる危機が起きた。
解答と解説を見る
並べ方の筋道。冷戦の局面で分類します。②朝鮮戦争は冷戦がアジアで熱戦になった初期。①ベルリンの壁は分断が固定された時期で、東西対立が物理的な形をとりました。④キューバ危機は緊張が頂点に達した瞬間で、これを境に緊張緩和へ向かいます。③ソ連解体は冷戦後です。形成期 → 固定期 → 危機の頂点 → 緩和 → 終結という流れに載せれば並びます。
この設問の型。現代史は出来事が多く年号も近接するため、整序で差がつきます。年号を覚えるのではなく、冷戦の局面を5段階に区切るのが最も効率的です。
よくある失点。①と④の前後を逆にすること。壁が築かれた後にキューバ危機が起きた——「分断が固定された緊張の中で、核戦争の危機が頂点に達した」という流れで押さえてください。逆にすると、危機の後に緊張が緩和したという冷戦の大きな流れが説明できなくなります。
早稲田では現代史が毎年出ます。手薄なまま本番を迎える受験生が多い領域なので、ここを整理しきると得点差が出ます。
次の文章を読み、設問1〜4に答えよ。目標時間は5分。
第二次世界大戦後、アメリカは共産主義の拡大を封じ込める方針を打ち出し、ヨーロッパ復興のための経済援助を行った。これに対抗してソ連側も経済協力の機構を設ける。軍事面では、西側が( A )を結成し、東側も対抗する機構を築いた。分断が最も可視化されたのがドイツで、①東西に分かれたのち、ベルリンには壁が築かれた。
米ソは直接の衝突を避けたが、対立は②第三国での戦争という形をとる。緊張が頂点に達した( B )をめぐる危機を境に、両国は対話へ向かった。
1980年代、ソ連で( C )と呼ばれる改革が始まると、東欧諸国の体制転換が連鎖し、③冷戦は終結へ向かう。
設問1 空欄( A )〜( C )に入る語句を記せ。
設問2 下線部①について、ベルリンの壁が築かれた時期として正しいものを次から選べ。
ア 朝鮮戦争より前 イ 朝鮮戦争とキューバ危機の間 ウ キューバ危機より後
設問3 下線部②の例として誤っているものを次から選べ。
ア 朝鮮戦争 イ ベトナム戦争 ウ 三十年戦争
設問4 下線部③に関連して、冷戦の終結が確認された会談の名を記せ。
解答と解説を見る
この設問の型。青山学院大学の全学部日程は全問マーク式で、空所補充・下線部設問・正文誤文が中心です。試験時間60分に対して大問3題・解答総数45〜50問——つまり1問あたり約1.2分しかありません。早稲田の論述や明治の240字記述とはまったく別のスキルが要求されます。
速く解くための順序。①まず空所を埋める——文章の流れが確定し、下線部設問の判断材料になります。②次に下線部設問——空所が埋まっていれば、多くは即答できます。文章を最初から精読してはいけません。設問を見てから、必要な箇所だけ読むのが原則です。
設問2の解き方。年代整序の変形です。年号を覚えていなくても、朝鮮戦争=冷戦の初期/ベルリンの壁=分断の固定/キューバ危機=緊張の頂点という局面の順序で判断できます。青学では年代を判断する整序問題もみられるため、この単元の EXAMPLE 05 と合わせて練習してください。
設問3は落とせない。三十年戦争は17世紀の宗教戦争で、冷戦とは無関係です。時代が明らかに違うものを混ぜるのは、速度勝負の試験で受験生を止めるための仕掛けです。逆に言えば、ここは1秒で切って時間を稼ぐべき設問になります。
青学で差がつくところ。青学の世界史は現代史が頻出で、ヨコのつながりを問う近現代の国際関係史が出ます。同時期に各地域で何が起きていたかを横に並べる訓練が、そのまま得点になります。
時間配分の練習法。この形式は知識より処理速度で差がつきます。過去問を解くときは必ず時計を置き、大問1つを20分以内で終える練習をしてください。知識があっても時間切れで失点する受験生が最も多いのが、この形式です。
※ 掲載している例題は、各大学の出題形式に合わせて日本世界史塾が作成したオリジナル問題です。実際の入試問題の転載ではありません。実際の過去問は、各大学が公表しているものや市販の過去問集でご確認ください。
これで全16単元です
古代オリエントから現代まで、通史が一本につながりました。あとは志望校の形式に合わせて仕上げるだけです。
通史を順番に読む
ここで全16単元は終わりです。通史が一本につながったら、単元一覧に戻って手応えの薄かった単元を選び直してください。因果の穴は二周目で埋まります。
長い選択肢は、
後半に仕掛けがある。
前半だけ読んで判断する癖は、自分では気づけません。
体験授業では、あなたの解き方そのものを診断します。
入塾を前提としたしつこい勧誘は一切行いません。