中国史の通史まとめ|王朝はなぜ同じ理由で倒れたのか

中国史の通史まとめ|王朝はなぜ同じ理由で倒れたのか
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中国史は王朝が多く、覚えることが際限なく増えるように見えます。しかし王朝の倒れ方は驚くほど似ています土地の集中 → 重税 → 天災 → 反乱 → 鎮圧のために地方へ軍事力が移る → 交替この6段の型に各王朝を当てはめると、3000年が一本の線になります。通史をこの型で通します。

王朝交替を貫く6段の型

一言でいうと中国の王朝は、成立期に土地と税の制度を整え、時代が下ると土地が有力者に集中して税収が細り、負担が残った農民に集中して反乱が起き、その鎮圧のために地方へ委ねた軍事力によって倒される——という経路をたどることが多い。
  1. 王朝の初期は土地が比較的均等に配分され、税収も安定している。
  2. 時代が下ると有力者が土地を集積し、自作農が減る。
  3. 税収が細るため、残った農民の負担が重くなる。
  4. そこへ対外戦争や大土木事業の負担が加わる。
  5. 飢饉や洪水が重なると、生活できない者が流民となる。
  6. 宗教結社が流民を組織し、大規模な反乱となる。
  7. 王朝は鎮圧のため地方に軍事力を委ね、その勢力が自立して王朝を倒す。
「鎮圧の方法が王朝を弱める」王朝は反乱そのものより、鎮圧のために地方へ力を委ねたことで倒れます。後漢は黄巾の乱の鎮圧に動員した豪族に、唐は節度使に、清は郷勇を率いた漢人官僚に力を奪われました。危機を乗り切った方法そのものが中央を削いだ——この一文が、中国通史の背骨です。
思想が交替を正当化していた徳を失った王朝は天命を失い、別の姓の者が天子となる——易姓革命の考え方です。王朝交替が思想的に正当化されうる枠組みを持っていた点が、他地域と異なる特徴です。

古代 — 制度が作られた時代

王朝 作った制度 倒れた要因
甲骨文字による占いと神権政治 周に討たれる
封建制(血縁にもとづく) 血縁意識の希薄化と異民族の圧迫
郡県制・文字と度量衡と貨幣の統一 急激な統制への反発(陳勝・呉広の乱)
郡国制 → 郡県制儒学の官学化 豪族の台頭と黄巾の乱
  1. の封建制は血縁(宗法)にもとづき、西欧の契約による封建制とは原理が違う。
  2. 世代を重ねて血縁意識が薄れると、諸侯が自立し春秋戦国となる。
  3. この分裂期に鉄製農具と牛耕が普及し、生産力が増して氏族共同体が解体した。
  4. 秩序をどう立て直すかをめぐって諸子百家が現れた。
  5. は法家を採用し、商鞅の変法で富国強兵を実現して統一した。
  6. しかし厳格な統制が反発を招き短命に終わった。
  7. 武力で統一し、徳(儒学)で統治するという組み合わせを確立した。
  8. これ以後の王朝は、この形を基本とする。
「秦が作り、漢が定着させた」統一の制度を作ったのは秦、それを長続きさせたのは漢です。隋と唐の関係とまったく同じ構図——短命の王朝が制度を作り、次の王朝が完成させる。この対応を書けると、通史の理解が示せます。
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中世 — 分裂と、律令体制の完成と崩壊

  1. 後漢の滅亡後、魏晋南北朝の分裂期に入る。
  2. この時期に北方民族が華北へ南下した。ゲルマン人の大移動とほぼ同時期である。
  3. 北魏の孝文帝洛陽遷都・漢化政策・均田制を実施した。
  4. 均田制はのちの隋唐の体制の土台となる。
  5. が統一し、科挙を創始し、大運河で華北と江南を結んだ。
  6. しかし高句麗遠征の失敗と負担の重さで短命に終わった。
  7. 均田制・租庸調・府兵制を連動させ、律令体制を完成させた。
  8. だが人口増で支給する土地が不足し、3つの制度が同時に崩れた
  9. 税は両税法へ、兵は募兵制と節度使へ移り、安史の乱で王朝の性格が変質した。
制度 前提 崩れた結果
均田制 国家が土地と戸籍を把握できること 両税法(現実の所有を追認)
租庸調 農民が土地を持っていること 同上
府兵制 農民に自弁で兵役を負う財力があること 募兵制と節度使
「3つの制度は一つの土台に乗っている」均田制が崩れれば、租庸調も府兵制も同時に崩れます。「土地を配る前提が失われた」という一点から、税制と兵制の転換をまとめて説明できると、唐の論述は完成します。
節度使が唐を倒す辺境防衛のために置いた節度使が、やがて中央を倒しました。唐を滅ぼした朱全忠も節度使です。この反省から、次の宋は文治主義を採る——唐と宋は因果でつながっています。

近世 — 経済の先進と、征服王朝の統治術

  1. 文治主義を採り、科挙に殿試を加えて皇帝独裁を確立した。
  2. 軍は弱まったが、社会は安定し経済が飛躍した。
  3. 占城稲による増産、世界最初の紙幣火薬・羅針盤・活版印刷の実用化。
  4. 北方の遼・金に圧迫され、靖康の変で華北を失って南宋となる。
  5. はモンゴル人第一主義をとり、漢人との融合を進めなかった。
  6. 海禁朝貢で対外関係を国家が独占し、鄭和の遠征で朝貢圏を広げた。
  7. 科挙を存続させる懐柔辮髪を強制する威圧を同時に行った。
  8. 藩部は理藩院による間接統治とし、現地の宗教と慣習を尊重した。
征服王朝 統治の型 存続の長さ
北魏 同化(漢化政策) 支配層内部に亀裂
遼・金 二重統治(民族ごとに別制度) 華北の一部を支配
分離と差別 約100年
取り込み(漢人の制度を継承) 約300年
「同化を拒んだ元、取り込んだ清」少数の征服者が多数を統治するには、被支配者の制度を取り込むしかない——元と清の存続期間の差が、その証拠です。ムガル帝国のアクバルとアウラングゼーブの対比とも同じ構図で、比較論述に使えます。
海禁は「貿易の禁止」ではない明の海禁が禁じたのは民間の自由な貿易であり、国家が管理する朝貢貿易は推進されました。「貿易の国家独占」と理解してください。その結果、密貿易と後期倭寇が生まれます。

入試で狙われるポイント総覧

  • 王朝交替の型=土地の集中 → 重税 → 天災 → 反乱 → 地方への軍事力の移動 → 交替
  • 易姓革命が交替を思想的に正当化した
  • 周=血縁による封建制(西欧の契約による封建制と原理が違う)
  • 秦が制度を作り、漢が定着させた(隋と唐の関係と同型)
  • 北魏の孝文帝=漢化政策と均田制
  • 隋が科挙と大運河、唐が律令体制を完成
  • 均田制・租庸調・府兵制は連動し、同時に崩れて両税法・募兵制
  • 宋=文治主義。軍事的に弱く経済的に先進
  • 元=分離、清=取り込み。存続期間の差につながった
  • 明の海禁は貿易の禁止ではなく国家独占
共通テストでの出方「科挙を創始したのは唐の太宗」は誤り(隋の文帝)。「両税法は均田制を再建する制度」も誤り(現実の土地所有を追認した)。「明の海禁により対外貿易は完全に途絶えた」も誤り(朝貢貿易は行われた)。制度と王朝の対応が最頻出です。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 中国の王朝交替に共通する経路を6段階で答えよ。
A. 土地の集中 → 重税 → 天災 → 反乱 → 地方への軍事力の移動 → 王朝の交替
Q2. 王朝交替を思想的に正当化した考え方を答えよ。
A. 易姓革命
Q3. 周の封建制と西欧の封建制の原理の違いを答えよ。
A. 周は血縁(宗法)、西欧は契約(主従関係)にもとづく
Q4. 唐の律令体制を支えた3つの制度と、崩壊後の税制・兵制を答えよ。
A. 均田制・租庸調・府兵制。崩壊後は両税法と募兵制
Q5. 元と清の統治方針の違いと、その結果を答えよ。
A. 元は分離と差別で約100年、清は漢人の制度を取り込んで約300年続いた
Q6. 明の海禁が禁じたものは何か。
A. 民間の自由な貿易。国家が管理する朝貢貿易は推進された

よくある質問

中国史は王朝が多くて覚えられません。
王朝ごとに覚えるのではなく、交替の型に当てはめてください。土地の集中 → 重税 → 天災 → 反乱 → 地方への軍事力の移動 → 交替という6段の型は、後漢・唐・清などに共通します。
なぜ鎮圧に成功した王朝が倒れるのですか?
鎮圧のために地方へ軍事力を委ねると、その勢力が自立するからです。後漢は豪族に、唐は節度使に、清は郷勇を率いた漢人官僚に力を奪われました。
均田制はなぜそれほど重要なのですか?
租庸調も府兵制も、農民が土地を持っていることを前提にしていたからです。均田制が崩れると税制と兵制が同時に崩れ、両税法と募兵制への転換を招きました。
元と清はどちらも征服王朝なのに、なぜ存続期間が違うのですか?
統治の型が違ったからです。元は漢人との融合を進めず分離と差別の体制をとりましたが、清は科挙を残すなど漢人の制度を積極的に取り込みました。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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