貨幣と金融の世界史|お金の形が変わるたびに社会が変わった

貨幣と金融の世界史|お金の形が変わるたびに社会が変わった
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お金の形は物品 → 金属貨幣 → 紙幣 → 信用と変わってきました。そして形が変わるたびに、社会の仕組みも変わっています貨幣経済の浸透が荘園制を壊し、銀行が大航海と戦争を支え、基軸通貨が覇権を支えた——「お金の側から見る世界史」は、経済史の設問すべてに効く視点です。

貨幣の誕生 — なぜ必要になったのか

一言でいうと交換の手段・価値の尺度・価値の保存を担う仕組みの歴史。物品貨幣から金属貨幣、紙幣、信用へと形を変え、そのたびに経済と社会の構造を変えた。
  1. 最初は物々交換であったが、欲しいものが一致しないと成立しないという限界があった。
  2. そこで誰もが受け取る品(布・貝・穀物など)が交換の媒介となった。
  3. やがて金属が用いられるようになった。持ち運びやすく、分割でき、腐らないためである。
  4. リディアで世界最古級の金属貨幣が用いられたとされる。
  5. ギリシアのポリスでは、交易の発展とともに貨幣が広く流通した。
  6. 中国では春秋戦国時代刀銭・布銭・円銭・蟻鼻銭が用いられた。
  7. 秦の始皇帝貨幣を統一し、統治の基盤とした。
「統一の3点セット」始皇帝は文字・度量衡・貨幣を統一しました。「広域を統治するには、共通の記録手段・共通の尺度・共通の交換手段が必要だった」——統一を「統治の技術」として説明できると、答案が具体的になります。日本世界史塾では、この3点をセットで暗記させます。
貨幣が社会を変える春秋戦国時代の貨幣の流通は、商業の発展と氏族共同体の解体を促しました。「貨幣は、人と人の関係を、身分ではなく取引に変える」——この作用が、あらゆる時代で共通します。

紙幣と信用 — 中国が先行した

  1. 交子、のちに会子という世界最初の紙幣が流通した。
  2. 背景には商業の発達と、銅銭の重さという不便があった。
  3. では紙幣が主要な通貨として用いられた。
  4. ヨーロッパでは、中世の遠隔地商業とともに為替の仕組みが発達した。
  5. 両替商が発展し、預金と貸付を行う銀行が生まれた。
  6. メディチ家は金融によって富を築き、ルネサンスの保護者となった。
  7. アムステルダムが国際金融の中心となり、証券取引所が設けられた。
  8. オランダ東インド会社株式により広く資金を集めた。
「株式会社という発明」多数の出資者から少額ずつ集めることで、個人には不可能な規模の事業が可能になりました。「危険を分散し、大規模な事業を可能にする仕組み」——大航海時代の遠洋航海のように、危険が大きく資金の要る事業にこそ必要でした。制度の発明が、経済の規模を変えたのです。
紙幣は信用で成り立つ紙そのものに価値はなく、「受け取ってもらえる」という信用が価値を支えています。信用が失われると、紙幣は価値を失う——戦間期ドイツの激しいインフレがその例です。
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銀と金 — 世界を結んだ金属

  1. 大航海時代以降、アメリカ大陸の銀が世界中に流通した。
  2. ヨーロッパでは価格革命が起き、固定地代の封建領主が没落した。
  3. マニラ経由で銀がアジアへ流れ、中国が世界の銀の集積地となった。
  4. 中国では一条鞭法地丁銀制という銀納の税制が成立した。
  5. 19世紀、アヘン貿易で銀が流出すると、農民の実質的な負担が増した。
  6. イギリスは金本位制を確立し、ポンドが国際通貨となった。
  7. 第一次世界大戦で各国が金本位制を停止し、戦後の復帰も世界恐慌で崩れた。
体制 内容 終わり
金本位制 通貨と金を一定の比率で交換 世界恐慌で各国が離脱
ブレトン=ウッズ体制 金・ドル本位制と固定相場 1971年のドル=ショック
変動相場制 為替が市場で決まる 現在に至る
「基軸通貨と覇権」ポンドからドルへ——基軸通貨の交代は、覇権の交代と一致します。「国際的な決済を担う通貨を持つことが、覇権の条件の一つ」——海洋覇権の3条件(生産力・海軍・金融)と接続します。
銀の流入と流出銀が入ってきた時代(明・清前期)に税制が銀納化し、銀が出ていった時代(19世紀)に社会が動揺しました。「同じ制度が、条件の変化で逆に作用した」——アヘン戦争の背景として書いてください。

近代・現代 — 金融が経済を動かす

  1. 産業革命には巨額の資金が必要であり、銀行と株式がこれを供給した。
  2. 第2次産業革命では、銀行と大企業が結びつく金融資本が形成された。
  3. 余剰資本の投下先を求める動きが、帝国主義の経済的な動機となった。
  4. 世界恐慌は、株式市場の暴落から銀行の破綻へ連鎖して広がった。
  5. 戦後はIMF世界銀行が国際的な資金の枠組みを担った。
  6. ドル=ショック後、変動相場制へ移行した。
  7. 石油危機により産油国に資金が集まり、それが国際的に還流した。
  8. 情報技術の発達により、資本が国境を越えて瞬時に移動するようになった。
「資本輸出の段階」帝国主義の定義は「商品を売る段階から、資本を投じる段階へ」です。金融資本が形成され、その投下先として植民地が求められた——「金融の側から帝国主義を説明できる」と、答案の水準が上がります。
危機は金融から広がる世界恐慌も、20世紀末の通貨危機も、金融の連鎖によって広がりました。「実体経済より速く動く資金が、危機を増幅する」——資本の移動の自由には、効率と不安定の両面があるという書き方が正確です。

入試で狙われるポイント総覧

  • リディアの金属貨幣、中国の刀銭・布銭・円銭・蟻鼻銭
  • 始皇帝文字・度量衡・貨幣を統一
  • 宋の交子・会子世界最初の紙幣
  • メディチ家の金融とルネサンス、アムステルダムの証券取引所
  • 株式により大規模な事業が可能に(オランダ東インド会社
  • 価格革命で固定地代の封建領主が没落
  • 中国の一条鞭法・地丁銀制は銀の流通が前提
  • 金本位制(ポンド)→ ブレトン=ウッズ体制(ドル)→ 変動相場制
  • 金融資本の形成と資本輸出=帝国主義の経済的動機
共通テストでの出方「世界最初の紙幣は明代に流通した」は誤り(宋代の交子)。「価格革命で封建領主は豊かになった」も誤り(没落)。「ブレトン=ウッズ体制は変動相場制だった」も誤り(固定相場)。この3つは定番です。
この記事の一問一答(確認テスト)
Q1. 秦の始皇帝が統一した3つのものを答えよ。
A. 文字・度量衡・貨幣
Q2. 世界最初の紙幣とされるものと、その王朝を答えよ。
A. 交子、宋
Q3. 株式によって資金を集めた代表的な会社を答えよ。
A. オランダ東インド会社
Q4. 価格革命によって没落した階層と、その理由を答えよ。
A. 封建領主。収入が固定額の貨幣地代であり実質的価値が目減りしたため
Q5. 国際通貨体制の変遷を3段階で答えよ。
A. 金本位制 → ブレトン=ウッズ体制 → 変動相場制
Q6. 帝国主義の経済的な動機を、金融の面から答えよ。
A. 金融資本が形成され、その余剰資本の投下先が求められたこと

よくある質問

なぜ金属が貨幣になったのですか?
持ち運びやすく、分割でき、腐らないためです。物々交換は欲しいものが一致しないと成立しないという限界があり、誰もが受け取る品を経て金属貨幣に至りました。
紙幣はなぜ価値を持つのですか?
「受け取ってもらえる」という信用が価値を支えています。紙そのものに価値はなく、信用が失われれば価値を失います。戦間期ドイツの激しいインフレがその例です。
株式会社の発明はなぜ重要なのですか?
多数の出資者から少額ずつ集めることで、個人には不可能な規模の事業が可能になったからです。危険が大きく資金の要る遠洋航海のような事業にこそ必要でした。
基軸通貨と覇権はどう関係しますか?
ポンドからドルへの交代は、覇権の交代と一致します。国際的な決済を担う通貨を持つことが覇権の条件の一つであり、生産力・海軍とあわせて3条件をなします。
この記事について

世界史専門オンライン塾「日本世界史塾」の編集部が、入試での問われ方を基準に作成しています。当塾では次の講師が指導にあたっています。

藤原 進之介日本世界史塾 代表/株式会社数強塾 代表数強塾グループ創業者。東進最年少講師、代々木ゼミナールの日本初となる情報Ⅰ講師を務め、著書は9冊。累計2,500名以上の指導と、40名を超えるプロ講師体制を築いた。
伊藤 敏代々木ゼミナール世界史講師/数強塾グループの映像授業を担当筑波大学・同大学院修士課程修了。ダイヤモンド・オンラインで「カリスマ世界史講師が教える誰も知らない本当の世界史」を連載。「キャラクターがいて、ストーリーがある。それが歴史」を掲げ、通説を多様な視点から捉え直す授業を行う。

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